きょうでおわかれなんて……

きのう おあいしたんでしたね …たしか
…ええ そうでした 
…きょうはおわかれですね …じゃ さよなら
…いや ちょっと まってください
…きょう さよならするんですから きのう あったことは だれにも秘密にしときましょう
…できれば なかったことに
…だって さよならなんて 照れちゃうでしょ なんとなく おおげさで …うそみたいに ドラマティック
…そんなものじゃありませんよ きのうおあいしたことよりも きょうおわかれするほうが あつかいが大きくなるってのは
…いやなんですよ ぼくは …不公平ってものですよ ね
…朝 おはよう っていって 夕方に さよなら
…これは いいんですよ あしたまたおはようっていえるとおもっているし …たいてい やっぱり そうなるし
…だから あしたになって おはようっていえなかったら …これは こまるんですよ 肩すかしくったようで …たまんなく やりきれなくて
…こんな日は きまって 風邪ひくんです …風邪なんかひいたら つまんないですよ
…ほんと え ええ だから あったんですよ たしかに きのう そう
…ええ きのう 
…でもね ないしょにしときましょう 秘密に …あなたと わたしの 
…だって ね おかしいですよ やっぱり 
そう そうですよ なかったんですよ …なかった なかった 
あわ…なかった …そういうことに 
ええ …なかったことに

1974年4月に、
私は「劇団アカデミー演劇研究所」に身体表現の講師として就き、
以後81年3月まで7年間務めた。
毎年3月には一年間の課程を卆えた若い人たちを見送ってきたわけだが、
その贈る詞として綴ったのが先の一文だ。
1977年3月だったから、私にとっては3年目に迎えた生徒たちだった。
題は「きょうでおわかれなんて唄にしかならないのです」と冠した。

―今月の購入本−2014年03月
◇別冊太陽「速水御舟日本画を「破壊」する/日本のこころ-161」平凡社
夢野久作「押絵の奇蹟」Kindle
秋元松代「かさぶた式部考・常陸海尊河出書房新社
夢野久作「ドグラ・マグラ」Kindle
◇雑誌「Newton/2014年04月号」ニュートンプレス
◇CD「日本の音楽」ビクター
◇CD「浪曲さわり集 ベスト」キングレコード
◇アントナン・アルトー「神の裁きと訣別するため」 河出文庫