秋といへど木の葉も知らぬ‥‥

041219-040-1

<身体・表象> −14


<右−左と超越>

 子どもが右と左を区別するようになるのは、上−下や、前−後に比べてはるかに遅く、ほぼ6歳前後といわれる。これは右利き、左利きの利き手が安定する時期ともほぼ重なっている。利き手は文化による強制力もあるが、一般に右利き優位であり、それにともなって空間的にも右側に高い価値を与えられる傾向がある。ところが空間としての右−左は、向きを変えれば容易に逆転され、その非等質性は消されてしまう。したがって右−左は差異化されつつも、非可逆的な上−下と異なり、可逆性に富むということだ。
 多くの場合、右はプラスの価値とされ、左よりも高く評価される。「右に立つ」というのは上位・上席に立つことを意味することが多い。「右腕になる」「右に出る」「右にならえ」なども右優位の文化を背景にしている。それに対し、「左遷」「左前になる」など左はマイナス価値を帯び、劣ることや不吉なことを意味するようになる。
 世界中で右を重んじる民族や文化が多く、右は光、聖、男性、正しさ(right)を意味し、左は闇、曲、女性、穢れを意味することが多いのだが、古代の日本では左大臣が右大臣より上位とされ、左は神秘的な方向として右よりも重んじられる傾向があった。「ヒダリ」の語源は南面したときの東の方向になので「ヒ(日)ダ(出)リ(方向)」の意かと岩波古語辞典はいう。これは太陽神崇拝と関係して左が価値化したとも考えられる。そして中国文化の渡来とともに右優位の思想が入り重層化していったのだろう。


 ユングによれば、ラマ教徒の礼拝でストゥーバの周囲を廻るときは右回りに歩かねばならず、左は無意識を意味するから、左回りは無意識の方向へと動くことにひとしいからだ、としている。これに関連して湯浅泰雄は、仏教の卍は左回りであり真理のシンボルであるが、ナチスのハーケン・クロイツは逆マンジで黒魔術のシンボルだが、右回りが心の暗黒領域から出ていくイメージと結びついているからだろう、としている。ここには無意識−暗黒の根源へと降りゆき、それを自覚する超越と、暗黒−無意識の力の流出に身をまかせてゆく超越との違いがある。
 密教には向上門と向下門の対照がある。金剛界曼荼羅図は縦3×横3の九会に分けられているが、修業の過程をあらわす人間から仏にいたる向上門は、右下の降三世三昧耶会から左回りで暗黒領域に足を踏み入れてゆき中央の羯磨会=成身会にいたる。これに対し仏が人間をみちびくとされる向下門は、中央の羯磨会から右回りに向上門とまったく逆のコースを辿って降三世三昧耶会にいたる。すなわち向上門は自力の道をあらわし、正しい悟りにいたる修業の道は自力の修業のみで達するわけではなく、暗黒−無意識の魂の底からあらわれてくる仏の導きたる向下門−他力の道にすがらなければならないことを、この曼荼羅図はあらわしている。
入我我入−仏が我に入り、我が仏に入る−という相関−相入の関係において、左回りと右回りが価値において対立せず互いに相俟って、超越への道が開かれているのだ、と考えられている。

      参照−市川浩・著「身体論集成」岩波現代文庫


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−今日の独言−

 漢字の歴史を塗り替える?  −参照記事−
そんな可能性もあるという中国最古の絵文字群が、寧夏回族自治区で発見されたと報じられている。
図案化された太陽や月など、約1500点もの絵文字が壁画のなかに見出され、最古のものは旧石器後期の1万8000年から1万年前のものとみられるというから、従来、漢字の起源とされてきた殷王朝の甲骨文字をはるかに遡る。
発見された絵文字は象形スタイルで甲骨文字にも類似しているそうだが、いまのところ解読されたのは
1500点のうちごく一部だけとのことで、解読作業の進捗が待たれる。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<秋−4>

 秋といへど木の葉も知らぬ初風にわれのみもろき袖の白玉
                                   藤原定家

拾遺愚草・下。定家33歳の作歌。「木の葉も知らぬ」、「われのみもろき」の修辞には冴えわたった味わいがあり、その対照も妙。体言止めの結句も簡潔にて意は盡くされているか。


 夕星(ゆうつづ)も通ふ天道(あまぢ)を何時までか
         仰ぎて待たむ月人壯子(つきひとをとこ)   柿本人麿

万葉集巻十、秋の雜歌。七夕の題詠。宵の明星が歩む天の道を、いつまで眺めて待てばよいのかと、織女が歎きながら夜の天空を司るという月読みの青年に訴えている、という趣向。「ゆうつづ」は古代の読みで、その後「ゆうづつ」と変化。「月人壯子」の擬人化が新鮮に映って楽しい。


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