いかめしく瓦庇の木薬屋

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―表象の森― Mirror Neuron

脳科学におけるこの十年ほどの最大の発見は、大脳皮質前頭葉にあるミラー・ニューロン-Mirror Neuron-だといわれる。

ミラー・ニューロンとは、自分の動作と他者の動作-Gesture-に鏡のように同じような反応をする神経細胞のことだが、イタリアのリゾラッティたちのグループによってサルの前頭葉運動前野に対応する領域に発見され、ヒトにおいても同様に存在することが明らかになってきた。

相手の心の動きを察したり、共感するといった対人的なやりとりに、このミラー・ニューロンを中心とした神経回路システムは大いに関連しているらしい。自閉症のおもな症状のいくつかはこのシステムの機能障害として説明できるともいう。

最近の乳幼児における心の発達理論においては、このミラー・ニューロンがどのように影響し関連しているかを、以下のように説いている。

・月齢2ヶ月頃−脳の全域にわたってさまざまな感覚刺激に反応するニューロンが分布する。これはいろいろな知覚の間のリンクの形成に関わるとみられ、この過程でのミラーニューロンの役割は,生涯の初期に始まる動機づけや選好性の問題と結びつくものと考えられ、スターンの乳幼児発達理論ではこれを乳児の「自我の芽ばえ」の中心とみている。

・月齢2ヶ月6ヶ月−運動前皮質のミラーニューロンが発達に強い影響を及ぼし、感覚−知覚系の組織化が進むにつれて,乳児にとって母親など大切な人の顔に対する興味が増してくる。さらに運動コントロール能力が発達し、顔の微妙なジェスチャーに対する特徴的な反応様式を身につけ、社会的な能力が増大する。

いろいろな感覚刺激に反応するニューロンが母子の相互関係を通じて刺激され、どんな感覚がどんな感情を呼び起こすかといった,生まれつきの選好-価値判断機構-が、感情的調和の経験や調和能力に結びついていく。

・月齢7ヶ月から9ヶ月−ミラーニューロンの関与する神経生理的メカニズムが促進し、このシステムによってジェスチャーや姿勢、顔の表情の理解とそれに対する反応が瞬間的にできるようになり、他者を主観的な存在として認知する「主観的自我」の能力が発達する。ミラーニューロンを通じて観察者-乳児-は動作者-他者=母親-の意図を察知することができるようになるわけである。

非言語的コミュニケーションはさらに発達し、「注意の統合」ができるようになると、観察者-乳児-はミラーニューロンシステムをコントロールして自発的なシグナルを作りだし、「言語の母体」ともいうべき原始的な会話が始まる。

また、この時期の乳児は指差しなどの、感情を伝えるシンボリックな前言語的コミュニケーションの手段としてのジェスチャーを、意図的に用いることの前触れである「ジェスチャーのシンボル化」が起こる。ここではミラーニューロンシステムを通じて、内的な感情状態とジェスチャーが自動的に合致してコミュニケートされており、これは乳幼児の共感的理解の素朴な形態といえるだろう。

 −参照:別冊日経サイエンス№159「脳から見た心の世界Part3」、「心理臨床を考えるページ」−心理臨床における共感とは何か?/第3章−共感はどのようにして生じるのか?


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「雁がねの巻」−33

   さいさいながら文字問ひにくる 
 
  いかめしく瓦庇の木薬屋   越人

瓦庇-かわらびさし-の、木-生-薬屋

次男曰く、「文字」を問いにゆく方が相手の身分や智識の程度を量る体に付けている。

くすぐりの応酬だが、芭蕉を、いかめしい瓦庇の家構えに住む「生薬屋」に見立てたところが、いかにも越人らしい。

妙薬処方の秘伝もあり、いつになってもこわい、ごまかしのきかぬ先生だ、と云っている。

初裏二句目「医のおほきこそ目ぐるほしけれ−越人」と対応させた作りでもあるだろう、と。


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