<海神の馬> とジャポニズム

遅れていたきしもと学舎会報の送付作業を
偶々やってきたM君に託せたのは、予期せぬ幸運――
宝塚へとわざわざ出向いてよかった、よかった〜〜

<海神の馬> とジャポニズム=浮世絵の世界 −2006.05.04記

 19世紀末のイギリスで活躍した絵本挿絵画家ウォルター・クレインが残した油絵の代表作に「海神の馬」というよく知られた幻想的な作品がある。絵を見れば記憶のよみがえる人も多いだろうが、海岸に打ち寄せる波の、その砕けた波頭が、たてがみをなびかせて疾走する無数の白い馬に変身しているという絵だ
 辻惟雄の「奇想図譜」では、このほとばしる波が疾駆する馬へと変身するという奇怪な着想の先駆をなした絵師として曽我蕭白の世界に言及する。

「波濤群鶴図」屏風がその絵だが、蕭白は18世紀の上方絵師、生没年は1730年−81年で、クレインとは一世紀あまり隔たっている。
波を馬に見立てた蕭白の趣向は、江戸の浮世絵師、北斎に受け継がれているとも見える。

富嶽百景」シリーズの「海上の不二」では、砕けた波頭のしぶきかとまがう群れ千鳥の飛翔の姿がみどころとなっている。また「神奈川沖浪裏」では、渦巻く波濤と波に揉まれる3艘の舟、そして遥か彼方に富士の山を垣間見るという劇的な構図である。

 クレインが「海神の馬」を描いた19世紀末は、パリ万国博のあと、フランスやイギリスではジャポニズム流行の真っ只中であった。

海野弘も「19世紀後半にヨーロッパ絵画で波の表現が急に増えるのは、おそらく光琳から北斎にいたるジャポニズムの影響と無縁ではないはずである」と指摘している。

時代も空間も隔てたクレインと蕭白の、波が馬にと変身するという着想は、おそらく偶然の一致なのだろうが、クレインの幻想的イメージ形成に、北斎の波の変奏が一役買ったのではないかと想像するのは、それほど突飛なことではあるまい、と辻惟雄は結んでいる。

 想像力におけるシンクロニズム−同時性−や伝播力について、さまざま具体的に触れることはたのしく刺激的なことこのうえない。

<今月の購入本>−2012年08月

◇三木 成夫「海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想」うぶすな書房

◇川村 湊「<大東亜民俗学>の虚実」講談社選書メチエ

◇山岸 俊男「徹底図解 社会心理学―歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで」 新星出版社

◇江宮 隆之「井上井月伝説」河出書房新社