年も経ぬいのるちぎりは‥‥

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Information−Aliti Buyoh Festival 2006−


<Alti Buyou Festival 2006−相聞Ⅲ−のためのmemo>

「定家五首」− 塚本邦雄全集第14巻・第15巻より


一、 散らば散れ露分けゆかむ萩原や濡れてののちの花の形見に

     卯月は空木に死者の影
     皐月の盃にしたたる毒
     水無月に漲るわざわい
     夏の間闇に潜んでいた
       私の心も
       秋は炎え上る
       風なときのま
       花はたまゆら
        散れ
        白露
        靡け
        秋草
       散りつくして
       後にきらめく
       人の掌の窪の
       一しづくの涙
     文月の文殻の照り翳り
     葉月わづかに髪の白霜
     長月は餘波の扇の韓紅
     皆わすれがたみの形見


二、 まどろむと思ひも果てぬ夢路よりうつつにつづく初雁の声

     ながすぎる秋の夜は一夜
     眠ろうとすれば眼が冴え
     起き明そうと思えば眠い
     夢みようと瞑れば人の声
     見たくもない夢に移り香
     秋はことごとく私に逆う
     この忌わしい季節の中で
     ただ一つ心にかなうのは
        初雁の
        贐ける
        死の夢
     常世というのは空の涯に
     ななめにかかる虹の国か
     露霜のみなもとの湖には
     鈍色の霧が終日たちこめ
     人はそこでさいなまれる
     逆夢をさかさにつるして
     闇の世界によみがえれと
     つるされる一つは私の夢


三、 かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふす程はおも影ぞ立つ

     漆黒の髪は千すじの水脈をひいて私の膝に流れていた
     爪さし入れてその水脈を掻き立てながら
     愛の水底に沈み 
     私は恍惚と溺死した
     それはいつの記憶
     水はわすれ水
     見ず逢わず時は流れる
     この夜の闇に眼をつむれば
     あの黒髪の髪は
     ささと音たてて私の心の底を流れ
     その一すじ一すじがにおやかに肉にまつわり
     溺死のおそれとよろこびに乱れる


四、 今はとて鴫も立つなり秋の夜の思ひの底に露は残りて

     露が零る
     心の底に
     心の底の砂に
     白塩の混る砂
     踏みあらされた砂
     そこから鳥が立つ
     秋の夕暮のにがい空気
     いつまで耐えられるか
     うつろな心に残る足跡幾つ
     私も私から立たねばならぬ
     −夕暮に鴫こそ二つ西へ行く−
     田歌の鴫は鋭い声を交して
     中空に契りを遂げたという
     西方をめざしながらの
     名残の愛であったろう
     それも私には無縁
     心の底の砂原には
     まだ露が残る
     死に切れぬ露
     露の世の
     未練の露


五、 年も経ぬいのるちぎりははつせ山尾上のかねのよその夕ぐれ

     祈り続けたただ一つの愛は
     ついに終りを告げ
     夕空に鐘は鳴りわたる
     私の心の外に
     無縁の人の上に
     初瀬山!
     なにをいま祈ることがあろう
     観世音!
     祈りより
     呪いを



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