これを見よ上はつれなき夏萩の‥‥

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−表象の森− 閑話休題、6.26?

「6.26」を「ろてんふろ」と読むそうな。故に本日は「露天風呂の日」だという。
岡山県湯原温泉の若者たちのアイデアで昭和62年から始められたという町づくり事業である。
語呂合わせで記念日を制定し、街おこし事業の一環として取り組むこういった事業は、全国津々浦々、各地に点在し、数え上げればきりがないほどにあるのだろうが、微笑ましいといえば微笑ましくもあり、たしかに心和ませてくれる一面があるし、各々取り組んでいる当事者たちにすればそれこそ大真面目なイベントであり年に一度のお祭りにちがいない。

そういえば「ふるさと創世」事業と称し、全国各市町村に1億円をバラマキ給うた宰相がいたが、あれは昭和63(1988)年だったから、湯原温泉の露天風呂の日制定はこれに1年先行していたことになるが、ともあれ80年代後半から90年代、地域発信の街づくりが主題化して全国に波及していったものである。その功奏して、ユニークで個性的な街への変貌が、街ぐるみ観光名所化したような例にも事欠かない。

湯原温泉は全国の露天風呂番付でめでたくも名誉ある西の横綱とされているそうだが、もう何年前になるだろうか、松江からの帰路だったかあるいは蒜山に遊んだ帰りだったかに立ち寄ったことがある。湯原ダムの聳え立つコンクリート壁に隔てられた河床の大きな露天風呂にひととき身体を沈め、あたりの風情を堪能させてもらったのが記憶にあたらしいが、今日、露天風呂の日は、町を挙げてのさまざまなイベントに人出も多くさぞ賑わっていることだろう。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<夏−27>
 昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木(ネム)の花君のみ見めや戯奴(ワケ)さへに見よ   紀小鹿

万葉集、巻八、春の相聞、大伴宿禰家持に贈る歌二首。
戯奴(ワケ)−上代語、1.自称、わたし。2.対称、おまえ。
邦雄曰く、紀小鹿は安貴王の妻で、別れて後家持に近づいたともいわれる。清純無比な合歓に自分をなぞらえ、夜の寂しさを暗示し、しかもやや諧謔を交える手法は注目すべき。家持の返歌は「吾妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも」とあるが、これは文飾で、日照・通風などが好条件なら、十に一つは結実するものだ、と。


 これを見よ上はつれなき夏萩の下はこくこそ思ひ乱るれ   清少納言

清少納言集、水無月ばかりに萩の青き下葉のたわみたるを折りて。
生没年不詳。村上天皇の康保年間に生れ、後一条天皇の万寿年間に歿したとされる。清原元輔の女、深養父の曾孫。結婚した後一条天皇中宮定子に仕えた。枕草子。後拾遺集以下に15首。小倉百人一首に「夜をこめて鳥のそらねははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」
邦雄曰く、上は=表面は、下は=心の中では、この対照を上葉・下葉に懸けて、劇しい愛を告げたのだろう。続千載・恋一には「夏草も下はかくこそ」として入選。命令形四句切れの、理路はきわやかに、言い立てるような調子は、才女の性を如実に見せ、恋歌にしては異風で故に面白い、と。


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