しるべせよ送る心の帰るさも‥‥

Kaitohitsuji

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−表象の森− 貝の文化と羊の文化

京劇が専門だという著者、加藤徹「貝と羊の中国人」新潮新書
任期満了でやっと退陣する小泉首相靖国参拝への頑なな執着で、この数年、中国からの批判がずいぶん過熱したものだったが、その中国の開放経済による経済成長至上主義と、一党独裁の官僚的支配に過ぎない共産主義が矛盾しないで同居できる不思議を、中国史に詳しい著者が、古代より連綿とある貝と羊の文化の対比で読み解いてみせるが、その手際はなるほど判りやすく、時宜にも適った書で、ひろく読者に受け容れらるだろう。
 中国の有史は殷・周にはじまる。ほぼ3000年の昔、中国東方系の民族であった殷と大陸西方系の民族の周がぶつかりあって、現在中国・漢民族の祖型を形成してきた。殷最後の紂王を周の武王が倒し、周王朝が樹立されるのが、殷周革命(殷周易姓革命)だ。
殷は農耕民族系であり、早くから流通経済が発達、子安貝を貨幣に用いていたという。王朝を「商」とも呼び、人々は「商人」とも自称していたというほどだから、商業的気質に富み、商人文化を発達させる。宗教も多神教で、神々はいかにも人間的な存在となる。この殷人的気質や文化の傾向を、著者は「貝の文化」と呼んで類型化する訳だ。
他方、周は遊牧民族系に属し、厳しい自然とたえず対決しながら暮らす生活習慣は、「天」は至上となり、唯一至高の絶対神となる。人々もまた理念的・観念的傾向を帯び、主義を重んじ、善行や儀礼に無形の価値をおく。著者はこの周の文化を「羊の文化」と名づけ、対比的・対照的な二つの系譜が、3000年の歴史を陰陽に脈々と受け継がれ、現代中国の国民性をも規定しているという著者はいい、中国の分かり難さは、この構図をもって読み解けというのである。
余談ながら、後の春秋時代に登場した孔子は、この周の文化伝統を重んじ、その復興を提唱し、「儒教」を創り上げたのだが、その孔子自身は遠く殷人の末裔だったというから、中国文化の深層を読み解くうえで象徴的なエピソードだと、紹介されているあたり面白い。


私にとって印象にのこる知の発見は、中国問題からは逸れるが、江戸時代の佐藤信淵がすでに説いていたという近代国家日本の帝国主義的戦略のシナリオだ。以下はほぼ著者記述のまま書き置く。
文政6(1823)年、農政学者の佐藤信淵(1769−1850)は、「混同秘策」という本を書いた。別名「宇内混同秘策」とも呼ばれる。この本の中で、佐藤は、日本が世界を征服する青写真を示した。まず江戸を東京と改称して「皇国(日本のこと)」の首都とし、幕藩体制を廃止して全国に道州制を敷き、天皇中心の中央集権国家を作る。そして、まず「満州」を征服し、それをかわきりに「支那」全土を征服して、世界征服の足がかりとする。そのいっぽう、フィリピンやマリアナ諸島にも進出し、日本本土の防備を固める。そして、彼が「産業の法教」と称する神国日本の精神によって、世界各国の人民を教化し、全世界(宇内)の大統一(混同)という大事業を達成する‥‥、と。
明治維新から1945(S20)年の敗戦までの日本の国家戦略は、佐藤信淵の「混同秘策」の構想を、ほぼそのまま実行したものだったということになるが、著者によれば、この「混同秘策」の書は、戦前は各種の版本が出版され、国民のあいだでも広く読まれていた、とされ、石原莞爾が昭和初期に提唱した「世界最終戦論」も「大東亜共栄圏」の構想も、江戸時代のこの「混同秘策」の思想の延長線上にある、という訳である。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<秋−59>
 しるべせよ送る心の帰るさも月の道吹く秋の山風   藤原家隆

玉二集、日吉奉納五十首、秋十五首。
邦雄曰く、家隆60代半ば、承久の乱直後の作と思われるが、この五十首歌は六百番・千五百番歌合時代さながらに、華やかな技巧を駆使しており秀歌が夥しい。第二、三句から第四句への修辞など冴えわたっている。「露分けてふるさと人を浅茅生に尋ねば月の影やこぼれむ」も、結句に工夫が見えるが、「秋の山風」の離れ業には比ぶべくもない、と。


 見し秋は露の千入(チシホ)の梢より風に色づく庭の砂地(イサゴチ)  上冷泉為和

今川為和集、四、庭落葉。
永正12(1515)年−天文18(15949)年、父は上冷泉為広、御子左家系冷泉家に連なり、代々歌人の系譜、正二位・権大納言
邦雄曰く、秀句表現の重なりが、歌に飽和状態に似た感じを醸し出す。「露の千入の」「風に色づく」が、巧みを盡してみせ、初句と結句の交響も見事だ。「橋姫の袖の上越す河風に吹かれて走るまきの島舟」もまた、同様の趣を見せて、堪能させる一首。通称の今川姓は、今川氏との関係がきわめて深かったためであると伝える、と。


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