心から浮きたる舟に乗りそめて‥‥

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Information−Shihohkan Dace-Café−


−表象の森− U.エーコの「美の歴史

 近頃、型破りでかつ重厚な一冊の美術書に出会った。
表紙裏の扉には、以下のような言葉が踊っている。


 <美>とはなにか?
 絶対かつ完璧な<美>は存在するのか?
 <真><善>、<聖>との関係は?―――
 古代ギリシア・ローマ時代から現代まで、
 絵画・彫刻・音楽・文学・哲学・数学・天文学・神学、
 そして現代のポップアートにいたる
 あらゆる知的遺産を渉猟し、
 西洋人の<美>の観念の変遷を考察。
 美しい図版とともに
 現代の知の巨人、エーコによって導かれる、
 めくるめく陶酔の世界!


なにしろ、「薔薇の名前」や「フーコーの振り子」、「前日島」などを著した作家で、難解な記号論でも著名な、あのエーコが編集・解説、周到に作られた美術書である。刺激的で卓抜な構成は見れど飽かぬといった趣だ。
序論の冒頭に置かれた「比較表」なるページ群は、「裸体のヴィーナス」と「着衣のヴィーナス」、「裸体のアドニス」と「着衣のアドニス」、さらには「聖母マリアの変遷」や「イエス・キリスト像の変遷」など11のテーマで、その変遷を一目瞭然に視覚化、意表を衝いた絢爛たる画像アンソロジィとでもいうべきか。


エーコの「美の歴史」ははじめ図書館で借りたのだが、2週間という期限の中でとても消化できるものではない。それよりも図版の選択と構成は特異で面白いし、解説もエーコならではの世界だし、また随所に引かれた古今の哲人たちの美に関する言辞も巧みに配列されている。
西洋における美の系譜を渉猟するに、一冊の美術書にこれほどよく纏められたものにはなかなかお目にかかるまいから、少々高くつくが購入することにした。因って購入本と借本の両者に「美の歴史」が載るという珍しいことに。


−今月の購入本−
ウンベルト・エーコ「美の歴史」東洋書林
ウンベルト・エーコ薔薇の名前」映画DVD版
イサム・ノグチ伝説−a century of Isamu Noguchi−」マガジンハウス
鷲田清一「感覚の昏い風景」紀伊国屋書店
池上洵一「今昔物語集の世界−中世のあけぼの」筑摩書房
秋山耿太郎「津島家の人々」ちくま学芸文庫
高村薫「照柿」講談社

−図書館からの借本−
丸山尚一編「円空−遊行と造仏の生涯 別冊太陽」平凡社
棟方志功「わだばゴッホになる」日本経済新聞社
長部日出雄「鬼が来た―棟方志功伝 上」文芸春秋
長部日出雄「鬼が来た―棟方志功伝 下」文芸春秋
高橋悠治「音の静寂・静寂の音」平凡社
ウンベルト・エーコ「美の歴史」東洋書林


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<恋−44>
 心から浮きたる舟に乗りそめて一日も波に濡れぬ日ぞなき  小野小町

後撰集、恋三、男のけしき、やうやうつらげに見えければ。
邦雄曰く、実のない浮気者に、自分の意思で連れ添うてはみたが、近頃は次第々々に離れがちになり、どうやら他へ心が移ったようだ。今日に始まったことではない。涙の波に濡れぬ日はないほど、そのつれなさに泣かされてきた。詮のない繰り言ではあるが、まことゆらゆらと舟歌のような調べで歌ってあるので、安らかに耳に入り、ふとあはれを催す、と。


 淵やさは瀬にはなりける飛鳥川浅きを深くなす世なりせば  赤染衛門

拾遺集、恋二、もの言ひ渡る男の淵は瀬になど言ひ侍りける返り言に。
邦雄曰く、頭の冴えた閨秀作家の、ぴしりと言い添えた一首、なまなかな風流男など尻尾を巻いて退散しよう。第一・二句は、古今・恋四「飛鳥川淵は瀬になる世なりとも思ひそめてむ人は忘れじ」を言う。月並な愛の誓いなど聞く耳を持たぬ。淵が瀬になるならその逆もあり得よう。頼みになどなるものでも、すべきものでもないと、上句は寸鉄人を刺す、と。


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