思ふことさしてそれとはなきものを‥‥

0511290381

−表象の森− 白秋忌


  金の入日に嬬子の黒――
  黒い喪服を身につけて、
  いとつつましうひとはゆく。  −金の入日に嬬子の黒−


陰陽五行説によれば、五色に青・赤・黄・白・黒、五時に春・夏・土用・秋・冬あり、
是より、青春・朱夏・白秋・玄冬と、「色」と「時」の合成が季節の異称ともなり、さらには人生−ライフサイクル−比喩ともなるのだが、近代の国民的詩人と称揚される北原白秋の号も、むろんこれよりきているのは疑う余地もあるまい。
長短歌から詩、童謡にいたるまで、詩歌万般に比翼をひろげた北原白秋は、昭和17(1942)年の今日、満57歳にて逝去。その晩年は、国家総動員体制下、ナショナリズムへの傾倒著しく、昭和15(1940)年には日本文化中央聯盟の委嘱を受け、作曲家・信時潔とのコンビで、皇紀2600年奉祝楽曲「海道東征」を作詞している。
白秋の故郷柳川では命日に因んだ白秋祭が、今日を挟んだ両三日営まれ、水郷の町柳川の秋を彩るという。
九州旅行の途次、その柳川に立ち寄ったのはもう8年ほど前か。白秋記念館のある界隈は海にも近い所為だろうが、河床は干上がった泥地と化し、水郷というイメージとはほど遠い光景にひどく幻滅させられたものだった。
その昔だれもが口ずさんだ童謡の数々はともかく、白秋の詩世界については多くを知らない私だが、明治44(1911)年の発表当時、上田敏芥川竜之介らが激賞したという「思ひ出−抒情小曲集」の掌篇たちは、いまなお新鮮な驚きを与えてくれる。


  青いとんぼの眼をみれば
  緑の、銀の、エメロード。  −青いとんぼ−


  薄らあかりにあかあかと
  踊るその子はただひとり。  −初恋−


  たそがれどきはけうとやな、
  傀儡師(くぐつまはし)の手に踊る  −たそがれ−


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<秋−86>
 影やどす露のみ茂くなりはてて草にやつるるふるさとの月  飛鳥井雅経

新古今集、雑中、五十首歌奉りし時。
邦雄曰く、老若五十首歌合の作。古今集に「君しのび草にやつるるふるさとは松虫の音ぞ悲しかりける」あり。第二・三句をそのまま下句に本歌取りして、本歌にはないもの憂いあはれを醸し出している。草のおどろの上に光も鈍る月を、「草にやつるる」としたところに、この歌の巧さが見える。建仁元(1201)年2月、作者は31歳、この頃特に秀歌を数多生んだ、と。


 思ふことさしてそれとはなきものを秋の夕べを心にぞ問ふ  宮内卿

新古今集、秋上、秋の歌とてよみ侍りける。
邦雄曰く、うなだれて呟くかの、とだえがちな一首の調べ、青鈍色に曇ってはほとんど目に立つふしもないのに、かえって心に沁み、いかにも忘れがたい。「さしてそれとはなき」思いではあるが、悲しみに身を細らせる秋の夕暮のたたずまいをこの十代後半の天才少女は、嫋々たる余韻の中に伝えた。意外に評価の分かれる作だが、宮内卿の代表作に加えたい、と。


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