なごりなき安達の原の霜枯れに‥‥

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−表象の森− 2006年、逝き去りし人々

昨日の短兵急な死刑執行、しかもその絞首刑のありさまを録画のうえイラク国民に報じられたという、独裁者サダム・フセイン(69歳)の残忍このうえない死をもって幕を閉じようとしている2006年。
以下、今年、逝き去りし、不帰となった人々を、月日を追って列挙しておく。

1月、新聞連載漫画で47年間延べ16,615回という記録を樹立した漫画家、加藤芳郎(80歳)。歌舞伎の演出や演劇評論の戸部銀作(85歳)。「里の秋」など幾多の童謡で戦中・戦後の厳しい時代に大衆の心を慰めた川田正子(71歳)。
2月、村田製作所創業の村田昭(84歳)。戦後まもない第1回経済白書で「国も赤字、企業も赤字、家計も赤字」と大胆に提示、後に公害の政治経済学を提唱した都留重人(93歳)。「球界の紳士」と称されたプロ野球巨人の投手、後に監督も務めた藤田元司(74歳)。96年刊行の詩集「倚りかからず」は現代詩には珍しくベストセラーとなった詩人・茨木のり子(79歳)。
3月、「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などで一世を風靡したTV演出家・制作者の久世光彦(70歳)。戦後の前衛的短歌をリードした女流歌人の山中智恵子(80歳)。戦後の前衛華道の一角を担ってきた安達瞳子(69歳)。真山青果の長女で、戦後「新制作座」を創立。代表作「泥かぶら」は全国津々浦々を巡回公演している、劇作・演出の真山美保(83歳)。ファッション界をリードするコシノ三姉妹の母、小篠綾子(92歳)。
4月、「佐々木小次郎」など独自の時代小説をひらいた村上元三(96歳)。「竜馬暗殺」や「祭りの準備」、戦争レクイエム三部作の映画監督、黒木和雄(75歳)。抽象造形の彫刻家にして詩人、美術評論もよくした飯田善国(82歳)。「ゆたかな社会」や「不確実性の時代」の経済学者、J.K.ガルブレイス(97歳)。
5月、兄に吉行淳之介、姉に吉行和子をもつ早熟の才媛で、詩・小説・劇作と多岐にわたる創作活動をつづけた吉行理恵(66歳)。「オバQ」の声優、曽我町子(68歳)。「シルクロード」を中心に世界の遺跡を撮り続けた写真家、並河萬里(74歳)。湯川秀樹夫人で、長年、平和運動に取り組んだ湯川スミ(96歳)。阪東妻三郎の子で田村三兄弟の長兄、俳優の田村高廣(77歳)。映画、TV、ミュージカルの舞台などで活躍した俳優、岡田真澄(70歳)。映画監督、「にっぽん昆虫記」「神々の深き欲望」「楢山節考」「うなぎ」など戦後の日本映画を代表する今村昌平(79歳)。
6月、「アカシアの大連」「マロニエの花が言った」の詩人・小説家、清岡卓行(83歳)。筑前琵琶の奏者で人間国宝だった山崎旭萃(100歳)。小沢征爾と並び称された指揮者の岩城宏之(73歳)。ロラン・バルト「表徴の帝国」の翻訳者でもあった詩人の宗左近(87歳)。歴史と時代を問い、都市生活者の孤独と苦悩を歌い、戦後歌壇を牽引し続けた近藤芳美(93歳)。過激派「革マル派」の最高指導者で元議長の黒田寛一(78歳)。
7月、96年1月から参院選敗北により辞任した98年7月まで首相だった橋本龍太郎(68歳)。「8時半の男」と異名をとった巨人の救援投手、宮田征典(66歳)。弟の鶴見俊輔とともに雑誌「思想の科学」の創刊同人で社会学者の鶴見和子(88歳)。「戦艦武蔵」「関東大震災」などの記録文学か「大黒屋光太夫」などの歴史小説作家、吉村昭(79歳)。
8月、黒柳徹子の母でエッセイストの黒柳朝(95歳)。「水色のワルツ」などの作曲家で現役最長老だった高木東六)(102歳)。
9月、「ハーメルンの笛吹き男」の著者で、網野善彦と対談した「中世の再発見」でも知られる西洋中世史家、阿部謹也(71歳)。テレビアニメ「おじゃる丸」原案者の漫画家犬丸りん(48歳)は自死文楽人間国宝、立役の人形遣いだった吉田玉男(87歳)。晩年は霊界研究家として名を馳せた俳優の丹波哲郎(84歳)。「アンコ椿は恋の花」「涙の連絡船」など演歌のヒットメーカー、作曲家の市川昭介(73歳)。
10月、ブラジル第1回移民団「笠戸丸」の最後の生存者、中川トミ(100歳)。「渡る世間は鬼ばかり」など、TV・映画の名脇役として活躍した藤岡琢也(76歳)。「肥後にわか」の巨匠、ばってん荒川(69歳)。「抱擁家族」「別れる理由」など前衛的作品で純文学の新しい地平を開いた小島信夫(91歳)。漢字の成り立ちを明らかにした辞書「字統」を84年に、「字訓」を87年に、「字通」を96年に刊行、辞書三部作を完成させた白川静(96歳)。民話劇「夕鶴」、歴史叙事詩劇「子午線の祀り」など戦後新劇を代表する劇作家、木下順二(92歳)。
11月、「恋は水色」などを世界的にヒットさせたポピュラー界の大御所、ポール・モーリア(81歳)。TV番組「クイズダービー」の解答者として人気を博した漫画家、はらたいら(63歳)。「選択の自由」で徹底した市場主義を唱え、「小さな政府」の理論的支柱となった経済学者、M.フリードマン(94歳)。文学座岸田今日子と結婚、後に演劇集団「円」の代表となった俳優、仲谷昇(77歳)。ベストセラー「兎の眼」や「太陽の子」の著者、児童文学の灰谷健次郎(72歳)。「あさき夢みし」「悪徳の栄え」など前衛的作品から「ウルトラマン」まで手がけた映画監督、実相寺昭雄(69歳)。
12月、文学座から演劇集団「円」へ。「サロメ」や別役実作品などの舞台、映画「砂の女」、TVアニメ「ムーミン」のパパ役の声など、独特の存在感を醸し出す戦後を代表する女優、岸田今日子(76歳)。放送作家・TVタレントとして注目され、参議院議員に転出、「人間万事塞翁が丙午」で直木賞世界都市博中止を掲げて東京都知事となった、青島幸男(74歳)。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<冬−34>
 霜こほる小田の稲茎ふみしだき寒き朝けにあさる雁がね  中院通勝

通勝集、冬夜詠百首和歌、冬十首、残雁。
弘治2(1556)年−慶長15(1610)年、父は中院通為、母は三条西公条の女、権中納言正三位細川幽斎に学んで和歌・和学を極めた。
邦雄曰く、雁といえば春の帰雁頴詠にあはれを盡し、秋は初雁に心を蘇らせるのが通例、穭(ヒツジ)田をうろついて、乏しい餌を漁っている真冬の雁は珍しく、なによりも景色にならないのに敢えて遊びに選んで歌っているのが印象的。修辞は所謂「写実」に徹して、余情はないが、それも面白い。三条西家の縁続きで、細川幽斎らに師事した17世紀初頭の知識人、と。


 なごりなき安達の原の霜枯れに檀(マユミ)散り敷くころの寂しさ  藤原為子

続後拾遺集、冬、嘉元の百首の歌奉りける時、落葉。
邦雄曰く、檀の紅葉は鮮麗無比、葉が楓より丸く大きいので、散り敷いた時は愕然とするくらいだろう。霜に荒れ果てた野に、暗紅色の、血溜まりのような檀の木下は、「寂しさ」と歌い据えると、なおさら迫るものがある。名手為子の意識した淡泊な技法が、「檀」一字で精彩を得、凡ならざる作品に変貌した。14世紀初頭、新後撰集進直前に作られた、と。


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