けふはいもとのまゆかきにゆき

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―表象の森― Turbulent Flow -乱流-

「大きな渦は、その勢いに力を得て
 ぐるぐるまわる小さな渦を含み
 その小さな渦の中には、これまた
 ひとまわり小さな渦がある。
 こうしてこれが遂には
 粘度となっていくのだ」 ――ルイス・F・リチャードソン

量子力学学者W・K・ハイゼンベルクは死の床で「あの世に行ったら、神にぜひとも聞きたいことが二つある。その一つは相対性のわけ、第二は乱流の理由だ」と。そして「神のことだからまあ第一の質問のほうには答えてくれるだろうと思うね」と結んだそうである。
乱流の理由など、神様のほうでも取るに足らぬと思し召して相手にはしてくれまい、とでもH氏は考えたか。
ことほどさように、20世紀前半の物理学者たち、その大多数にとって乱流などに時間をとられるのは剣呑にすぎると思われていた。

それにしても乱流とはいったい何だろうか?
大きな渦のなかに小さい渦が含まれているように、乱流とはあらゆる規模—Scale-を通じて起こる混乱のことだ。乱流は不安定であり非常に散逸的だが、散逸的とはエネルギーを消耗させ、抗力を生じるということである。
その乱流の起こりはじめ、つまり遷移のところが科学の重大な謎だった。

Strange・Attractor
これは現代科学の最も強力な発明の一つである位相空間という場所に住んでいる。
系のエネルギーは摩擦によって散逸するが、位相空間ではその散逸はエネルギーの外域から低エネルギーの内域へと、軌道を中心にひきつける「ひきこみ」となって現れる。
エドワード・ローレンツが作った骨組だけの流体対流の系は三次元だったが、それは流体が三次元の空間の中を動いていくからではなく、どんな瞬間の流体の状態をも正確に決定するためには、三つの異なった数-変数-が必要だったからである。
  ――参照:J.グリック「カオス−新しい科学をつくる」第5章−ストレンジ・アトラクタ p209〜


<連句の世界−安東次男「芭蕉連句評釈」より>

「狂句こがらしの巻」−34

  わがいのりあけがたの星孕むべく  
   けふはいもとのまゆかきにゆき  野水

次男曰く、一巻満尾まで二句をのこすのみで、次は名残の花の定座だ。あばれた句を作るわけにもゆかぬ。その女の行為を付伸ばして、表記も全部ひらがな書とし、やさしげに作っているが、妹の眉を描きにゆくという介添の思付が、話をけっこう面白くする。

荷兮の句はただちに恋句とは云えぬが、恋を呼び出す誘いがある。とすると、妹の方に恋の姿情が現れなければ、付が付になるまい。「わがいのり」とは、姉が自分ではなく妹の懐胎の兆を喜ぶ表現らしい、と野水の付は気付かせる。そう解釈すれば、太白の文才を欲しいという姉側の願、つまり荷兮の志も奪われずに済むわけだ。


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