痩骨のまだ起直る力なき

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―四方のたより― 水平的集合の祝祭空間、その楽日は?

この24日から昨日-29-までの1週間行われた、CASOにおける「デカルコマニィ的展開/青空」展とはいったいなんであったか?
初めと終りの日だけにしか立ち会っていない私に、それを語る資格があるやなしやという問題もあろうが、敢えていうならば、その特質は「水平的集合の祝祭空間」といったものになろう。

多くのMusicianたちやDancerたち、加えて造形や絵画、映画、写真などのArtistたちが寄り集い、それぞれの表現行為を並列せしめる。その集合を可能ならしめているのはDancerとしての大道芸人デカルコ・マリィの存在にはちがいないが、彼自身の立ち位置、他の参加者たちへのスタンスが、横へ横へとひろがりいく水平的な交わりを大事にしようとの拘りゆえだろう。

だからこの集合-体を付すべきではない-によるMovementは、全体として親和性に満ちており、臨場する人々に快を与えるものとなりうるし、観る者を巻き込んだ祝祭空間ともなりえているのだろう。この点においては特筆に値するEventといってもいい。

とはいえまったく注文がないわけではない。
祝祭の1週間、楽日の大団円となったLIVE・音舞楽劇「青空」で演じられたものが、その水平的集合の祝祭に相応しいものになりえていないことで、これではまるで画竜点睛を欠いたものと云うしかない。

このLive-音と舞による楽劇-、時間にして正味30分程。音の演奏者たちは各々楽器が異なる。さまざまな音が連なり、重畳し、共振していく音世界‥。

ならば舞のほうはどうであったか。ほぼ前半はデカルコ・マリィのSolo世界、後半になって他の競演者たち10名ばかりか、まずは思い思いのactionなりimageをもって登場してくるが、やがて一団となって動きはunison化する。Imageの捉えやすい単純な動きが繰り返され、energyが増幅され、最後にはてんでに蒼穹の彼方へと舞っていったか‥、といった展開だが、いかにも段取りに終始してしまっている。

大勢でやるのだから一定の段取りは必要だろう、それは認めるとして、段取りのままに終ってしまってなんとする。その段取りの内に、破調を、波乱を、そのタネを仕掛け置かずになんとする。ひとしなみにDancerといっているが、その構成は、役者ありモダンありで、さまざまな個性をもった多彩な顔ぶれである。仕掛けひとつで意想外の世界を現出せしめること、それほど難しい業でもあるまい。

このユニークな水平的集合なればこそ自ずと生まれ出る表現のひろがりを期待してみたのだが、この祝祭の大団円たる時間を凭れ合いや馴れ合いで費消されてしまっては、いかにも悔いが残ろうというものだ。

親鸞に「横超-おうちょう-・竪超-じゅちょう-」の語がある。「横」は他力、「堅」は自力を表す。「超」はすみやかに迷いを離れることを意味するが、この水平的集合に親鸞の「横超」を垣間見た気がしたのだったが‥。

<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>


「鳶の羽の巻」−23

   ほとゝぎす皆鳴仕舞たり  

  痩骨のまだ起直る力なき  史邦

痩-やせ-骨の、起-おき-直る

次男曰く、季語はないが、晩夏・初秋の候にいたり、署をもちこたえた病人のさまだと判る。「まだ」と云い、「力なき」と云い、期待と努力は何度も-何年も-繰返されたのだ、と覚らせながらうまく前二句がつくった歴史の俤を絶っている。

冥途の鳥と異名をとった鳥の声を聞かなくなったということは、死はそこに来ているとも、ようやく危機を脱したとも受取れて、史邦が後者を択んだのは俳諧のはこびとしてごく自然な智慧だが、黒川玄逸の「日次-ひなみ-記事」-貞享2年-に、「俗に云ふ、床に臥して-杜鵑の-初音を聞けば、すなはちその年病あり。もし然らば、すなわち忽-すみやかに-起してこれを祝せ」とある。「起直る」は、この種の縁起かつぎから思付いたのかもしれない、と。


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