北のかたなくなく簾おしやりて

080209009

INFORMATION
林田鉄のひとり語り「うしろすがたの山頭火」

―表象の森― 場違いなアトピー

アトピー」という語は、「ア・トポス」からきたそうな。
人間に特有な遺伝性過敏性症候群なるアトピーが、トポス-場所-と関係のある語だとは、いかにも意外である。
「リズム」に対して「ア・リズム」、「シンメトリィ」に対する「ア・シンメトリィ」というように「a」は「not」と同じような語だから、「アトピー」の原義はさしずめ「場違いなもの」とでもいえようか。

「アレルギー」という語も元はといえば、変わるという意味の「アロス」と、力の意味の「エルゴン」の合成語だという。エルゴンというのは反応力という意味だそうだから、「アレルギー」の語に元来、負のイメージはない筈だが、いつのまにか変わり果ててしまった訳だ。

多田富雄の免疫理論がおもしろい。
いま、対談集の「生命へのまなざし」-95年初版-を読んでいるが、興味尽きない生命科学の話題が平易な語り口で披瀝されている。


―今月の購入本―

高橋悠治「音の静寂 静寂の音」平凡社
「複雑性の科学は 複雑性を単純なパターンに回収しようとしているのではないか。カオスもフラクタルも単純なものほど美しいと感じる論理の経済から出られな いようだ。哲学はと言えば、科学よりさらに後を歩いている。計量化されない、一般化されたり抽象化されない、音の流れを分析してアルゴリズムを作ることは できても、アルゴリズムから作られた音は貧しい。美学からアートを創ることはできない。色や音を通してさわる、一回だけのこの世界との出会いは、数学や哲学のはるかさきを歩んでいる。」−「反システム音楽論断片ふたたび」より

折口信夫「日本芸能史六講」講談社学術文庫
「人の住む近くにはものやたま-スピリットやデーモン-がひそむ。家や土地につくそれら悪いものを鎮めるために主は客神-まれびと-の力を借りる。客神至れば宴が設えられ、主が謡えば神が舞う。藝能の始まり。」
「歌舞伎でも能でも田楽でも、何れも何でもかでも取りいれた一つの藝能の大寄せみたいなものなのです。だから吾々の藝能に対する考へは、まだ自由に動いてゐる時代だといふことが出来ると思ひます。」

折口信夫「かぶき講」中公文庫
「なまめける歌舞伎人すら ころされていよゝ敗れし悔いぞ 身に沁む」と折口信夫が詠んだのは昭和21年。彼は戦中から戦後、歌舞伎について度々論ずるようになる。防空壕の中で死んだ中村魁車、上方歌舞伎の美の結晶実川延若、さらには六代目尾上菊五郎

島尾敏雄魚雷艇学生」新潮文庫
1986年に島尾敏雄が亡くなった時、文芸各誌はこぞって島尾敏雄追悼の特集をしている。そのなかで生前の島尾を知る作家や批評家が追悼文を書き、もっとも評価する島尾作品を挙げていたのがあったが、「死の棘」-6票、「魚雷艇学生」-7票、「夢の中での日常」-2票、といったものであった。概ね批評家たちは「死の棘」を挙げ、作家たちは「魚雷艇学生」を選んでいた。
巻末で解説の奧野健男は、「晩年の、もっとも充実した60代後半に書かれたこの作品は、戦争の非人間性の象徴ともいえる日本の特攻隊が内面から実に深く文学作品としてとらえられ、後世に遺されたのである。それはひとつの奇蹟と言ってもよい」と。

多田富雄「免疫の意味論」青土社
自己と非自己を識別するのは、脳ではなく免疫系である。「非自己」から「自己」を区別して、個体のアイデンティティを決定する免疫。臓器移植、アレルギー、エイズなどの社会的問題との関わりのなかで、「自己」の成立、崩壊のあとをたどり、個体の生命を問う。

多田富雄「生命の意味論」新潮社
私はどうして私の形をしているのか。遺伝子が全てを決定しているというのは本当か。男と女の区別は自明なのか―。「自己」とは何かを考察して大きな反響を呼んだ「免疫の意味論」を発展させ、「超システム」の概念を言語や社会、都市、官僚機構などにも及ぼしつつ、生命の全体にアプローチする。1997年初刊、中古書。

広河隆一編集「DAYS JAPAN -格差の底辺から-2008/11」

・他に、CD2点、高橋悠治「サティピアノ作品集?」と、
タルティーニ、バッハ、ヴィヴァルディ等の作曲による「名器の響き ヴァイオリンの歴史的名器」


―図書館からの借本―

・ジョセフ・メイザー「数学と論理をめぐる不思議な冒険」日経BP
ユークリッドからカントールゲーデルまで、数理論理学に関わった数学者を中心に、幾何学解析学代数学、確率などの幅広い分野に題材を取り、数学のさまざまな分野の魅力を知らしめる啓蒙の書。

図書館からの借本がこの一冊のみとなったのは、ひとえに突然降りかかった災厄に呑み込まれた、このひと月余りの心身もろともの揺動に因るもので、先月借りた3冊を読了するのに、大幅な期限延長をもたらす結果となってしまった所為である。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「炭俵の巻」−35

   狩衣の下に鎧ふ春風  

  北のかたなくなく簾おしやりて  羽笠

次男曰く、前を出陣と見て、男女の別れの場景に仕立てているが、「かつすすぐ沢の小芹の根を白み漬げに物をおもはずもがな」という西行歌が恋の歌だった、と改めて思い出させるように響かせた余韻が、ここにきて利く。因みにここは花の定座の空である。

作りは、「狩衣の下に鎧ふ」-狩衣で鎧を隠す-と云えば「簾おしやりて」-簾の陰に身を隠さぬ-と応じ、「鎧ふ春風」と云えば、「北の方泣く泣く」と応じ、襷掛けの手法を以てしたなかなか手の込んだ人情の相対付である。掉尾の見せ場にふさわしいだろう。芭蕉と羽笠による付合6つの内、芭蕉の短句に羽笠が長句で付けた唯一の箇所でもある、と。


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