旅人の虱かき行春暮て

Alti200601012

―世間虚仮― 100兆ドル紙幣!?

折に触れ写真報道誌のDaysJ APANなどを見ていると、世界の片隅でさまざま起こっている悲惨で不条理このうえない事実の群れに戦慄させられるが、これはもうただ吃驚仰天するばかり。

マスコミ報道ばかりか世界中の視線がオバマ大統領就任へと集中していたなかで、経済破綻というよりすでにchaos-混沌-と化してしまったスーパーインフレ国家ジンバブエに100兆ドル紙幣が登場した、という小さなニュースを見出して「なんだ、これは?」と釘付けになってしまったのだ。

勿論ドルはドルでもジンバブエドル、通貨記号では$ではなくZ$ということだが、因みに16日付で発行されたというこの100兆Z$札、発行時点の外貨取引の闇レートでは約300$-27000円程-だとされている。付け加えれば、政府中央銀行はほんの一ヶ月ほど前の12月19日に100億ドル紙幣を、さらに直近の数日前には500億ドル紙幣を発行したばかりだというのだから、なんともはや魂消てしまう。

それにしてもたった一枚の紙切れが100兆ドルなどと、こうまで極大な単位にまでならざるを得ない已むに已まれぬ背景とはいったいなんだというのか。

16〜17世紀、ポルトガルの侵入に苦しんだもののこれを撃退、以後長らく地方首長国の分立状態が続いた。第一次大戦後にイギリスの植民地化、英国領ローデシアとなり、国土のほとんどは白人農場主の私有地となった。その白人支配の遺産は、中・南部アフリカで60年代隆盛となった黒人の民族自立、独立運動がこの国においても展開されたものの、これを阻み、65年白人中心のローデシア共和国を成立させ、ローデシア紛争へと火種を残した。

嘗て「アフリカの穀物庫」と呼ばれ、外貨の過半を農産品の輸出で獲ていたというこの国の安定した経済は、白人地主による効率の良い大規模農業の賜であり、圧倒的多数の黒人は低賃金の過酷な労役にずっと苦しみあえいできた。

80年の総選挙の結果、ジンバブエ共和国が成立、現大統領R.ムガベが初代首相となった。当初ムガベらは黒人と白人の融和政策を採り国際的にも歓迎されてきたが、00年8月、白人所有大農場の強制収用を政策化、協同農場で働く黒人農民に再分配する「ファスト・トラック」が開始され、この結果、白人の持っていた農業技術が失われ、食糧危機の恒常化とともに経済は崩壊、第二次世界大戦後世界最悪とも言われるハイパーインフレが発生、以後ムガベの独裁専横とともにハイパーインフレは急加速していく。

AFPBBNewsが伝えるところによると、ジンバブエの公式インフレ率は、最新のデータである前年7月の時点で年2億3100万%だったが、米国シンクタンクのケイトー研究所による試算では、年897垓-がい-%に上るといわれる。因みに垓は10の20乗、数字に直すと897の後ろに0が20個つくというもはや天文学的数字だ。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「花見の巻」−03

   西日のどかによき天気なり  

  旅人の虱かき行春暮て  曲水

次男曰く、里村紹巴の「連歌至宝抄」に、「第三の事、前の寄所は大方に候とも、一句の柄を長-タケ-高く大様に遊ばされ候べく候。第三は、大略、て留りにて候」とあり、同「連歌教訓」にも「脇の句に能く付候よりも、長高きを本とせり」とある。この考え方は俳諧連歌でも変りはないが、花どきに虱は付物とはいえ、第三の起情に虱を以て作分と為すなど連歌時代にはやはり考えられぬ。

「旅人」を持出した曲水の目付は、西行の「木のもとに旅寝をすれば吉野山花の衾を着するはるかぜ」だろう。これを下に敷いて、「花の衾」を「虱」に取替えれば、旅体-乞食かもしれぬ-も虱も長高く見える、というところが俳諧らしいミソである。

西行の歌は発句披露にあたって話に出たに違いない。ひょっとして、珍碩の「西日のどかに」の思付も右の歌をかすめて含ませているのかもしれぬ、と。

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