旅から旅へ山山の雪

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−日々余話− 舞禅-まいぜん-とや

今日の稽古を明日に振替えて、まことに久方ぶりのドーンセンターへと出かけた。
写真の如き件のEventに、インド舞踊の茶谷祐三子が出演しているためである。
チラシには「はてしなきインド文化の流れの<うち・そと>ジヤンルを超えて共演」とあるが、出演の顔ぶれは此方の食指をそそるようなものではない。出番はプログラムの2番目だという彼女の舞台のみを観て、あとは客席ロビーでのんびり過ごす。

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彼女の作品は創作・舞禅-まいぜん-と謳い、神奈川からクラシツク系のDancer大谷綾子を招き、Duoを踊つた。時間は10分弱、結果からみると、一定のまとまりある世界を構築するにはなおもう一展開あるべきところで、些か尻切れトンボの印象に終った。

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茶谷自身もClassicの基礎は有しているものの、インド舞踊や瞑想的即興を主軸としてきたこの20年に、その動きはClassic的なるものとはずいぶんと遠離った世界と化している。いわば異質の動きを有する二人が、舞禅としてどのような共同作業をなすかと考える時、たんに心象風景的なものを共有すれば事足りるというものではないだろう。そのあたりに発想の甘さが潜んでいたように見受けられた。
今後、この二人が同じ地平をめざして共同作業を続けていこうとするなら、その核となる部分でお互いの変貌が必要なのではないか。


−表象の森− 顔真卿/送裴将軍詩、続編其ノ3

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「奴不敢敵、相/呼歸去来。」

Ganshikei117

「功成報天子。/可以畫/麟臺」


―山頭火の一句― 行乞記再び -09-
12月31日、快晴、飯塚町行乞、往復4里、宿は同前。

昨日は寒かつたが今日は温かい、一寒一温、それが取りも直さず人生そのものだ。
行乞相も行乞果もあまりよくなかつた、恥づべし恥づべし。
昨夜は優遇されたので、つい飲み過ごしたから、今夜は慎んで、落ちついて読書した。
此宿は本当にいい、かういふ宿で新年を迎へることが出来るのは有難い。

「年暮れぬ笠きて草鞋はきながら」、まつたくその通りだ、おだやかに沈みゆく太陽を見送りながら、私は自然に合掌した、私の一生は終つたのだ、さうだ来年からは新しい人間として新しい生活を始めるのである。

―以下、自嘲と前書した「うしろ姿のしぐれてゆくか」の外、句稿整理したとみえる21句を書き連ねた後に―
まづ何よりも酒をつつしむべし、二合をよしとすれども、三合までは許さるべし、ショウチュウ、ジなどはのむべからず、ほろほろとしてねるがよろし。

いつも懺悔文をとなふべし、四弘誓願を忘るべからず。−

 我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡
 従身口意之所生 一切我今皆懺悔
 衆生無辺誓願度 煩悩無尽誓願
 法門無量誓願学 仏道無上誓願

一切我今皆懺悔――煩悩無尽誓願断――

※表題句の外、21句を記す

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