鉦たたきよ鉦をたたいてどこにゐる

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写真は記事に関せず「みんなマジ・レンジャーが大好き」

<日々余話>


<見事なだんじり囃子を堪能−住吉っさんの夏祭り>


昔から大阪の夏祭りの最後を飾るのは住吉っさんである。
7月30日の宵宮祭、31日の例大祭、8月1日の渡御祭とつづくが、
詳しくは7月の海の日から夏祭りはつづいているそうな。
わが家は住吉っさんこと住吉大社にほど近く、徒歩で12.3分くらいであろうか。
此方に住むようになってもう十年も経とうというのに、
正月の初詣には参るのだが、これまで夏の祭りを拝見したことがなかった。
幼な児も仲秋には4歳となるし、祭りの派手やかな賑わいにも興味を示すかと思い、31日の日曜の夜になってから出かけてみた。


初詣ほどの混雑ぶりではないけれど、参道ともなっている住吉公園の入口付近から人、人、人である。
しかし、夏祭りともなれば初詣の雑踏風景とはガラリと変わる。
まず若い者が圧倒的に多い。家族連れよりも中高生とおぼしき友だち連れの多いこと。
またその子たちのファッションが、昔のバサラ趣味よろしく徹底して破調ならば、それもよしと認めるのだが、だらしのない崩れとしか見えぬのが辛いのだ。
中高生の女の子たちが浴衣姿で連れ立っているのがやたら多いが、その着こなしや振る舞い、歩く姿が、本人たちはご機嫌で声を荒げて闊歩しているが、それが嫌でも眼に入ってくる此方はなんとも痛ましい思いに捉われる。
浴衣に茶髪といまどきのどぎついメイク、この三要素のアンバランスが生半可な破調となって、いまどきの少女たちの夏祭りの風俗ができあがっているようだが、まあ見苦しいこと夥しい。
まだ15、6の女の子なら、浴衣なんてものはすっぴんで着てもらいたいものだし、ならば涼味も感じて暑気払いになろうというものだが、これじゃ眼に入るたびに暑苦しくてやりきれぬ。
されど明日は我が身か、オイオイ、幼い娘よ、けっしてこんな姿にはなるまいよと、神頼みのひとつもせにゃならぬのか、とはイヤだねぇ。


屋台が立ちならんだ境内の雑踏をぞろぞろと人の背について歩き、太鼓橋をようやく渡って本殿の鳥居をくぐったら威勢のいいカネと太鼓が聞こえてきた。平野区地車囃子保存会と大書した横断幕が張られ、鳥居の横の回廊を舞台にお囃子の実演たけなわだった。
中央奥に、三尺はあろうかという大太鼓が置かれ、バチの捌き手は観て側に背を向けて座り足を大の字にひろげて太鼓を打つ。左右に鉦ふたつ。その前には演舞台が置かれ、時に二人あるいは一人が囃子に合せて踊るというより身振りにちかい動きを繰りかえしている。なんの身振りかとしばらく見入っていてやっと気づいた。小さな地味な動きでなかなか判りにくかったのだが、これはやはり竜神を模した動きなのだ。そもそも地車そのものが船に由来するのだから、海の神々の筆頭たる竜神が海から陸に上がってきた地車に降臨するのはもっともなわけだ、とこの年になるまで考えもしなかったことにいまさら気づかされた。
一度の演奏が5,6分ないし長くて7,8分だろうか。そのたびに太鼓も鉦も踊り手もメンバーが入れ替わる。
鉦は単調なリズムで打ちつづけられるが、太鼓のバチ捌きはかなり複雑。鼓面よりむしろ鋲やフチを叩くほうがずっと多く、それで複雑で高度な技を要するリズム変化が生み出されている。
どうしたことか幼な児がさっきから熱心に見入っていて、いっかなその場を離れようとしない。
たしかに軽快なリズムとかなり豊かなヴァリエーションの音の洪水が、まじかに居るとはげしく揺さぶられつつも心地よく身体を包んでくれる。
二度入れ替わって三番を終えたところで、やっと一旦はその場を離れて本殿へと移ったが、幼い子どもに手を引っ張られるようにして、またぞろ地車囃子のほうへ舞い戻った。
あらためて聴いたこの時の太鼓のバチ捌きは見事なものだった。まだ若く年のころは三十前後というところか。さっき聴いた三人もかなりの上手だったが、アップテンポで流れるようなバチ捌きは複雑微妙な小技がこれでもかと駆使されてこんなにも豊かなヴァリエーションを生みだすものかと感じ入った。市井のなかの達人芸といえるものだ。
成程、これほどの見事なバチ捌きは身体全体でリズムや調子をとらねばとてもできないし、あの大の字に足をひろげて座った姿勢がよくあのスピードと変化についていけるのだと得心したが、それにしてもあの姿勢では体力の消耗も激しくてとても長つづきできるものではない。一番ごとにチェンジしなければそりゃ大変だろうと肯かされる。
しかし、私たちが見たり聞き入っているのとはちがい、まだ4歳に満たぬ幼い子どもがいったいなにに見入っているのか、なにに聞き入っているのか、それとも囃子の激しくもノリノリの音に包みこまれるほどの体感に魅入られてしまっているのか。


思いがけなくいい拾いモノをした気分で境内を立ち去って、住吉公園のほうに戻ってきたら、若い男性コンビが路上ライブしているのに、またまた幼い子どもが立ち止まって聞き入る始末。
一曲聴き終えたタイミングで帰ろうと手を引っ張っても動こうとしないで、さらに二曲聴かされる羽目となったのだが、当夜の祭りのお出かけは幼ない彼女にとってライブ鑑賞の一夜へとうってかわったようだった。


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