はかなさをわが身の上に‥‥

Nakahara050918-020-1
Information<四方館Dance Cafe>

−今日の独言−

<納音=なっちん>
 山頭火の俳号は納音(なっちん)から採られたことはご承知の向きも多いだろう。その種田山頭火が自由律俳句へと参じ、彼より年少ながら師匠格となったのが「層雲」を主宰した萩原井泉水だが、その俳号も同様に納音である。ご存知だろうが、本来、納音とは運命判断の一種で、十干十二支(=六十干支)に五行(=木火土金水)を配し、これに種々の名称をつけ、生年や月日にあてて運命判断をするものである。萩原井泉水の場合は1884年生れで、納音が井泉水にあたるので、これを俳号としたのだが、山頭火の生れは1882年で、納音は白鑞金にあたり矛盾する。どうやら山頭火は語彙・語感からのみこれを好んで採ったようである。もし仮に生年の納音どおり白鑞金と号していたら、遺された句の世界も些か異なっていたのかもしれない。
山頭火とは、山頂にて燃えさかる火。非常に目立った存在で、優れた知性を持ち、人を魅了する。
白鑞金とは、錫(すず)のこと。金属でありながら柔軟であり、臨機応変に姿を変えることができる。
 因みに私の生まれ年の納音は井泉水で、生年月日の納音は揚流木にあたるらしい。
井泉水とは、地下から湧き出る井水。日照りでも枯れることの無い豊かさと穏やかさを持つ。
揚流木とは、柳の木のこと。向上心は旺盛だが、流れに逆らわず、従順で素直な面を持つ。
 ―― 納音の解説はコチラのサイトを参照
    http://www.freedom.ne.jp/inukai/cgi-bin/setumei.html


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<秋−24>

 はかなさをわが身の上によそふれば袂にかかる秋の夕露  待賢門院堀河

千載集、秋。詞書に、崇徳院に百首の歌奉りける時詠める。平安後期の院政期を代表する女流歌人
露のはかなさは、たとへば我が身、我が命の儚さそのまま。そう思えば夕暮の冷やかな露、否、悲しみの涙は袂を濡らす。
邦雄曰く、初句にあるはずの露を消して、余韻を生んだ。歌のなかから光り出るものがあるかの如く、と。


 もれそめし露の行くへをいかにとも袖にこたへば月や恨みむ  足利義尚

常徳院詠、寄月顕恋。8代将軍足利義政日野富子の子、9代将軍となるも24歳で早世。
邦雄曰く、題も「月に寄せて顕わるる恋」などと趣向倒れ一歩手前。恋も歌の表から可能な限り隠して「露の行くえ」「月や恨みむ」に托し、間接話法の粋をみせる技巧は、弱冠18歳と思えぬ老成振り。上句と下句のかそけきほどの脈絡も見事な技巧、と。


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