黒髪の別れを惜しみ‥‥

051023-077-1
Information<四方館Dance Cafe>

−今日の独言−
月夜にしか通えぬいにしえの男たち

 引き続き丸谷才一「新々百人一首」から引いての話題。王朝歌人たちの活躍した時代の男女間が妻問い婚であったのは承知だが、男は毎晩のように女の居処へ通えるものではなかったらしく、男が通うのは月夜の晩と決まっていたのだ、という。さてその理由だが、なにも月夜が明るくて安全だろうなどという訳ではなく、当時のなお呪術的な迷信深い信仰心のあらわれのようで、日が落ちきって太陽の隠れてしまった夜ともなると、本来なら忌み籠もっていなければならないが、ほのかに光さす月夜はその月の呪力によって、女の元へと忍んで通うことも許されるものと解されていた、とこれはあくまで著者の推論であるのだが、逆に、新月(=朔)の闇夜ともなれば妖怪変化の魑魅魍魎が跋扈する世界であったことを思えば、充分肯ける説である。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<秋−36>
 鳴けや鳴け蓬が杣のきりぎりす過ぎゆく秋はげにぞ悲しき  曾禰好忠

拾遺集、秋、題知らず。平安中葉の人、生没年未詳。「きりぎりす」は現在のそれではなく蟋蟀(こおろぎ)と解される。二句の「蓬が杣」は蓬の群生するさまを、蟋蟀から見て、薪用に植林された杣の林に見立てたのである。邦雄曰く、爽快な初句切れ、用法の天衣無縫さ、傍若無人な嘆声はひときわ意表をつき心の琴線にも触れる。王朝秋歌の中の一奇観だろう、と。


 黒髪の別れを惜しみきりぎりす枕の下にみだれ鳴くかな  待賢門院堀河

待賢門院堀河集、枕の下の蛬(こおろぎ)。後朝(きぬぎぬ)の恨み哀しみをきりぎりすの鳴き声に託した晩秋のあわれ。女の息を殺した嗚咽が耳に響く。邦雄曰く、二句までにつづめにつづめた的確な表現も快い。闇に眼を見開いて枕の下、否底の、細々と途絶えがちな虫の音を聞く姿が顕(た)ってくる、と。


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