あしひきの山川の瀬の響るなべに‥‥

051129-022-2


−今日の独言− <身>のつく語

 常用字解によれば、<身>は象形文字にて、妊娠して腹の大きな人を横から見た形。身ごもる(妊娠する)ことをいう。「みごもる」の意味から、のち「からだ、みずから」の意味に用いる、とある。
 <身>はパースペクティヴの原点である。我が身を置く世界の空間構造そのものが、質的に特異な方向性をもったものとして、<身−分け>され、価値づけられる。<身−分け>とは意味の発生の根拠なのだ。<身−分け>を基層にして<言−分け>の世界もまた成り立つ。
 <身>のつく語は数多いが、どれくらいあるものか、ちなみに手許の辞書(明鏡国語辞典)で引いてみた。これが広辞苑ならさらに多きを数えるのだろうが。

身内、身を起こす、身構え、身が軽い、身に余る、身分、身の多い、身から出た錆、身に沁みる、身につく、身につまされる、身二つになる、身も蓋もない、身も世もない、身を誤る、身を入れる、身を固める、身を砕く、身を粉にする、身を立てる、身を投ずる、身を持ち崩す、身を以って、身をやつす、身請け−身受け、身売り、身重、身勝手、身柄、身軽、身代わり−身替わり、身綺麗−身奇麗、身包み、身拵え、身ごなし、身籠る、身頃、身支度−身仕度、身仕舞い、身知らず、身動き、身すがら、身過ぎ世過ぎ、身銭、身空、身丈、身嗜み、身近、身繕い、身共、身投げ、身形−身なり、身の上、身の皮、身の毛、身代金、身の丈、身の程、身の回り、身幅、身贔屓、身振り、身震い、身分、身寄り、
身口意、身魂、身上、心身−身心、人身、身体、身代、身長、身辺、親身


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<雑−3>
 落ちたぎつ岩瀬を越ゆる三河の枕を洗ふあかつきの夢  藤原為家

大納言為家集、雑、三河、建長5年8月。建久9年(1198)−建治元年(1275)。藤原定家の二男、御子左家を継承し、阿仏尼を妻とした。
三河(みつかわ)−琵琶湖畔の坂本を流れる現在の四ツ谷川(御津川)で、三途の川を暗示しているという万葉時代の歌枕。
邦雄曰く、急流の泡立ち流れるさまを「枕を洗ふ」と表現する第四句、暁の夢の景色だけに鮮烈で特色がある。為家55歳の仲秋の作。律調の強さは作者独特のものだろう、と。


 あしひきの山川の瀬の響(な)るなべに弓月が嶽に雲立ち渡る  柿本人麿

万葉集、巻七、雑歌、雲を詠む。
あしひきの−山に掛かる枕詞。弓月が嶽−大和の国の歌枕、奈良県桜井市穴師の纏向山の一峰かと。
この歌、島木赤彦が「詩句声調相待って活動窮まりなきの慨がある」と、さらに「山川の湍(せ)が鳴って、弓月が嶽に雲の立ちわたる光景を「な経に」の一語で連ねて風神霊動の慨があり、一首の風韻自ら天地悠久の心に合するを覚えしめる」と激賞している。
邦雄曰く、たぎつ瀬々の音、泡立つ瀧の響き、嵐気漲る彼方に山はそばだち、白雲はたなびく。第四句「弓月が嶽」はこの歌の核心であり、この美しい山名はさながら弦月のように、蒼く煌めきつつ心の空にかかる。堂々として健やかに、かつ神秘を湛えた人麿歌の典型、と。


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