菖蒲にもあらぬ真菰を引きかけし‥‥

Sakae_toshiaki

−表象の森− 栄利秋の彫刻「木の仕事」

 畏友というには先輩にすぎる。奄美大島の出身、南国の島の民らしい風貌と体躯に、人懐っこい柔和な笑顔がこぼれるとき、一瞬、黒潮に運ばれてくる暖かい大気に包まれるような心地よさがある。栄利秋兄、1937年生れの彫刻家。その作風は、素材が木であれ石であれ、あるいはブロンズであれ、生の根源に迫ってすぐれて雄大、太陽に、海に、そして宇宙にひろがるイメージがある。彼のいくつもの抽象的なオブジェが、パブリック・コレクションとして、全国各地、市民たちの群れ集う広場、さまざまな公共の空間に棲みつき、大気と共振し、宇宙と交感しながら、生命の輝きそのものを人々に伝えている。その作品たちのもっとも新しきは長野市の笹ノ井駅西口に魂振るがごとく立っているはずだ。

いま、「栄利秋−木の仕事−」と題された作品展が大阪の信濃橋画廊で開催されている。
5月22日から6月3日までの2週間、今日はすでに中日を迎え折り返し点というわけで、遅きに失したとはいえ、なおまだ一週間あるので、此処に掲載紹介することは些かなりとも意義はあろう。


栄利秋 profile
現代彫刻・造型作家。
1937年鹿児島県奄美大島に生れる。
大阪学芸大学芸学部(美術)を経て、
65年京都市美大美術専攻科(彫刻)を修了、優秀賞受賞。
翌年、現代美術の動向に招待出品。以後数々の美術展・彫刻展に招待出品し、
第3回現代日本彫刻展・宇部興産賞、ヨコハマビエンナーレ86彫刻展・協賛賞、
第13回神戸須磨離宮公園現代彫刻展・土方定一記念賞、第30回長野市野外彫刻賞など受賞多数。
初期の木彫から樹脂へそして石へと、その素材の遍歴は、故郷奄美の太陽や海といった雄大な自然がイメージの源泉となって、作品のスケールをよりダイナミックなものへと変容させ、「すべての生命への讃歌としての彫刻」に相応しい独自の造型世界を創出してきた。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<夏−19>
 菖蒲にもあらぬ真菰を引きかけし仮の夜殿の忘られぬかな   相模

金葉集、恋上。
邦雄曰く、心のままに逢うこともできぬ人と、淀野で真菰を引きかけて、仮のしとねを作り、かりそめの夜を過ごした。普通ならば香気に満ちた菖蒲を敷いて寝たろうに、とは思いつつも、その慌ただしく、映えぬ夜殿が、かえって忘れがたいと歌う。この歌、男への贈歌だが、本来なら男から彼女へ歌い贈るべきだろうが、それもまたあはれ、と。


 よそにのみ見てやは恋ひむくれないの末摘花の色に出でずは   詠み人知らず

拾遺集、恋一、題知らず。
邦雄曰く、末摘花は後の源氏物語巻名にも見え、あまねく知られる紅花。万葉集巻十「夏の相聞・花に寄す」には、「よそのみに見つつ恋せむくれないの末摘花の色に出でずとも」とあり。また古今集恋一の、「人知れず思へば苦しくれないの末摘花の色に出でなむ」と互いに響きあい、花と恋の照応を楽しませる、と。


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