むらむらに雲のわかるる絶え間より‥‥

0511270111

−表象の森− 琵琶弾き語りによる説経小栗の草稿

これは、妖怪Performer.デカルコ・マリィに捧げる、琵琶弾き語り台本の草稿である。


<餓鬼阿弥小栗の蘇生>
冥土黄泉もまた阿修羅道とは、こは如何せむ
冥土黄泉もまた阿修羅道とは、こは如何せむ
非業の死を遂げしよりはや三年の判官小栗
彼方に遠きは浄土門、身は餓鬼道の地獄門
是は如何なる宿縁なるか、あら口惜しや未練やな
魂魄とどめて定まらず、彷徨ふばかりに堕ち堕ちぬ
此処は地獄の閻魔とて
千に一つの理法有りや、万に一つの情法有りや


  我れこそは、地獄の閻魔大王なり
  この者を、藤沢のお上人の、明堂聖の、一の御弟子に渡し申す
  熊野本宮湯の峯に、お入れあってたまわれや
  お入れあって、たまわるものならば、浄土よりも、薬の湯を上げうべき
と大音声、虚空をはったと打ちあれば、あら不思議やありがたや
築いて三年の小栗塚、四方へどどうと割れてのき
卒塔婆は前へかっぱと転びては、群烏ども笑ひける


跳ねば跳ねよ、をどらばをどれ春駒の
法の道をば知る人ぞ知る
信、不信をえらばず、浄、不浄を嫌わず、とや
念仏踊りは浄土の道ぞ、駿河の国は藤沢の
明堂聖の法灯はこの世を照らす白き道
一の御弟子のお上人、彼方此方を這ひ回る
餓鬼阿弥小栗をば土車にと乗せやりて
一曳き引いたは千僧供養、二曳き引いたは万僧供養
とお書きあれば
念仏踊りのをなご衆をとこ衆、吾も吾もと声々に
一曳き引いたは千僧供養、二曳き引いたは万僧供養
えいさらえい、えいさらえいと、曳き出だす
一曳き引いたは千僧供養、二曳き引いたは万僧供養
えいさらえい、それえいさらえい
えいさらえい、やれえいさらえい


<流浪する照手>
憂き世の旅に迷ひきて、憂き世の旅に迷ひきて
夢路をいつと定め得む、
生者必滅世の習ひとや、無常のこの世に定めなき
あらいたわしや照手の姫は、露も涙もそぼちつつ
流れ流れのゆきとせが浦
忍ぶもぢ摺り浮き草の、売られ売られてもつらが浦
鬼は塩谷か六道寺、珠洲の岬は能登の国
此は成り剰れるものの最果てぞ、波間に浮かぶ浜千鳥
本折、小松は加賀の国、三国港は越前の
敦賀の津へと売られゆく
あら恨めしや浅ましや、蝶よ花よは今ぞ昔
売り手買い手の胸先三寸
水面に漂ふ笹舟もかくとだにかや、照手の姫
この身にくだる因縁の、業の深みに破れ簑
さすらひ果つるは美濃の国、誰をとぶらふ青墓の
よろづの君の長殿の、下の水仕のをなごとて
常陸小萩と渾名され
上り下りの馬子どもや、春をひさぎし姫どもの
あなたこなたと召し使ふ、賤が仕業の縄だすき
これやこのかかるもの憂き奉公も
寄る辺なき身の定めとかは
時は流れて三年の、哀れとどめぬ照手の姫


<餓鬼阿弥、街道をゆく
補陀落の渡海の道ぞくまのみち、補陀落の渡海の道ぞくまのみち
餓鬼阿弥陀仏誰ぞ曳くや、
熊野の宮の湯の峯に、お入れあって給われや、
雌綱雄綱の土車、一曳き引いたは千僧供養
餓鬼阿弥乗せたる土車、二曳き引いたは万僧供養
この世の救いなかれとて、あの世に光明あれかしと
をのこばかりかをなごまでも、一曳き二曳き引き出だす
えいさらえい、それえいさらえい
えいさらえい、やれえいされえい、と曳き継がれ
藤沢発って小田原と、足柄、箱根を越え出でて
伊豆の三島や富士川の、駿河入りして大井川
車に情けを掛川の、三河に架けし八橋の
熱田明神曳き過ぎて、餓鬼阿弥小栗の土車
やがてかかるは美濃の国、青墓の宿に入りたまふ
                       ―― つづく


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<雑−14>
 古りにける三輪の檜原に言問はむ幾世の人かかざし折りけむ   惟明親王

古今集、雑下、題知らず。
治承3(1179)年−承久3(1221)年、高倉帝第三皇子、母は平義範の女(少将局)、安徳帝は異母兄、後鳥羽帝は異母弟にあたる。和歌に優れ、式子内親王藤原定家と親交。新古今集初出、勅撰入集34首。
邦雄曰く、明記はないが、千五百番歌合の雑一にあり、判者慈円の判詞は「情ある三輪の檜原の挿頭をばさして思ひぞ山の里人」とある。主催者後鳥羽院の、兄君への表敬の意はさらにない。設問体三句切れは、調べを雄大に、豊かにして、下句のめでたさもひとしお、と。


 むらむらに雲のわかるる絶え間より暁しるき星いでにけり   藤原為子

玉葉集、雑二、三十首の歌召されし時、暁雲を。
邦雄曰く、暁の明星を雲の絶え間に見る。東天に「しるき星」金星は煌めく。静かに、現れるように眼に顕つ星は、「むらむらに」のただならぬ雲の動きの表現によって、さらに鮮やかとなる。風雅集・雑上には「東雲のやや明け過ぐる山の端に霞残りて雲ぞ別るる」と、同趣の自然観照の、控え目ながら言い遂げた文体は、作者の殊に得意とするところ、と。


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