はかなしなみつの濱松おのづから‥‥

Nakahara0509181401

−表象の森− 連光寺法話

市内福島区海老江5丁目に、市岡期友の船引明乗君が住職の浄土真宗連光寺がある。この寺では毎月2回昼と夜に檀家を相手に法話を行うのを、もうずいぶん長く続けているそうな。
昨夜はこの法話に、同じ期友のスミヤキスト美谷君が登場するというので、何人かの期友たちと示し合わせて拝聴に出かけた。

スミヤキスト美谷君とは、東大を出た俊英だが、現在は富山県の久利須という山里で炭焼きをしながら、地域ボランティアを通して、環境問題など市民運動レベルの全国的なネットワークに積極的にコミットしつづけている、筋金入りの山村活動家とでもいうか、炭焼き暮しを始めて20年、もうすっかり富山の山里に根を下ろしているその風貌は、日焼けした顔に口髭をたくわえ、心なしか道家然とした味わいがある。

ところが、昨夜の彼の話は法話に類するどころか、彼ら市民オンブス小矢部が前富山県知事を相手取り、高額退職金の違法性と一部返還請求を提訴した、その経緯と活動報告という、俗事といえばこのうえなくナマで俗な話題。
まずは住民監査請求にはじまり、富山県監査委員会の「違法性はない」との監査結果報告を受けて、昨年9月富山地裁へ提訴に踏み切る。4回の公判を経て8月2日には判決が下るという。経緯は「スミヤキスト通信ブログ版」に詳しいが、寺での法話と山里暮しの風貌と行政訴訟という、意外といえば意外な、これほど不釣り合いで奇妙な取り合せもない場面に、多少の違和を感じつつも面白く聴かせてもらった。

終って期友たち5名ばかりで近所の呑み屋に直行、もちろん件の美谷君も一緒で、プチ同窓会のごとき宴会となる。美谷君の義弟上田君も飛び入り参加、酒を酌み交わしつつ談笑すること二時間、ほろ酔い気分で家路についた。
 

<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<恋−30>
 明けぬとて別るる袖の浦波に身は遠ざかる奥の浮雲   堯恵

下葉和歌集、恋、袖浦恋。
永享2(1430)年−明応7年以後?、出自不詳。噸阿以来の二条家歌風を継ぐ歌僧で、堯孝の弟子。「下葉和歌集」は堯恵の家集。
袖の浦−出羽国の歌枕、現在の山形県酒田市宮野浦。袖の裏と掛けたのが地名として固定したと見られる。
邦雄曰く、夜明けとともに袖を分つ二人の、その袖は涙に濡れ、波に濡れ、茫然と隔たっていくこの身は、あたかも陸奥の北へと漂い去っていく浮雲。出羽の袖の浦ゆえに「奥」が生き、縹渺たる大景が恋歌のなかにひろがる、と。


 はかなしなみつの濱松おのづから見え来し夢の波の通ひ路   藤原家隆

拾遺集、恋五、建保二年、内大臣の家の百首の歌に、名所恋。
みつの濱(三津の浜)−歌枕、摂津国の難波から堺へかけての海浜と、近江国坂本あたり比叡東麓の琵琶湖岸の両説あり。
邦雄曰く、夢にのみ逢う恋の通路が見えたのか、否、それは波の通う路で、みつの濱松は「見ずの濱松」。初句切れの溜息のような響きで一首を統べ、淡々しく美しい。「みつの濱松」はまた、名作「浜松中納言物語」の別名でもあったか、と。


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