はげしさを聞きしにそへて秋よりも‥‥

Nakaharaseiboshi

−四方のたより− 悲報、中原喜郎の急逝

17日(日)の朝、予期せぬ訃報が届いた。
ここでも「文月会」のグループ展などで何度か触れてきた盟友・中原喜郎さんの突然の死。
驚き、ただ狼狽するのみから、少し落ち着きを取り戻せば、かわって激しい悲しみが突き上げてくる。

進行性の間質性肺炎という難病の類を持病としていた彼は、近頃はつねに酸素吸入装置を携行していなければならないのに、それでも9月の大きな個展を挙行し、40点に余る作品を描きあげ、我々観る者を驚嘆させたうえ、なおある短期大学の学科長という精神的にも肉体的にも負担の多い職務に日々追われていた。
湖南市菩提寺の自宅から京都市深草にある学舎への通勤にはマイカーを自ら運転、緊張を強いられる高速道路を避け、一般道を利用していたという。
12月7日、帰宅途上で、不意に襲ってきた発作に意識朦朧となるなかで、彼は路上に車を止め、身を横たえて回復を待とうとしたが、そのまま眠るように意識不明へと陥ったらしい。幸いにも付近の住民の目にとまり119番、直ちに救急病院に担ぎ込まれ、以後十日間、集中治療室にて生死の境を彷徨うように一進一退を繰り返したものの、16日の朝に至って、遂に帰らぬ人となってしまった。

自らの責任感で果たしてきた日々の煩瑣な職務の遂行は、難病の進行を加速させ、彼の死期を大幅に早めたに違いないが、それをしも彼自身が望むに任せて生きた結果とすれば、いったい誰を責められようか。彼自身病魔に対する予測をはるかに裏切られた死期の早い到来だったとしても、自らの責めに帰せられるべき生きざま・死にざまのカタチだったというしかないのだろう。

だがそれにしても、残された者のひとりとして、無念だ。
悲しいというより悔しい。

一歳上の彼と私は、隣近所というほどに近くはなかったものの、子ども時代を同じ町内で育った、いわば町内っ子同士で、幼い頃からの顔馴染みだった。
小学校も中学校も、高校までも偶々同じだった。
長ずるにつれ、たとえ言葉を交わさずとも、直に接せずとも、幼い頃の懐かしい匂いは、ある種の温もりで互いを包んでくれるものだ。
実際、40年近くを経てのとある再会から、近年の熱い交わりは始まったのだった。
そんな迂遠な弧を描いて接する交わり、そんな始まりもある。
それは老いにさしかかり、死に向かって10年、20年と指折るようになった私にとって、僥倖の贈り物でもあった。

いま、私の手許には、彼の描いた4枚の絵がある。
どれも、私に、あるいは私の家族にとって深く関わる、私たちにはかけがえのない大切な絵だ。
彼から授けられたこの4枚の小さなキャンバスたちが奏してくれる物語は、私とその家族をどこまでもやさしく包み込み育んでくれる、そんな世界だ。

18日の大津での通夜には家族三人で駆けつけた。
翌朝10時からの葬儀には、連れ合いと二人で参列した。
彼女にとっても、彼・中原喜郎は強くやさしい励ましの存在だったことは、私にも手にとるように判っていたから。

どうにも受け容れがたかった彼の死を、その厳然たる事実をそれとして受容していくにしたがい、私の心は強い促しとでもいうべきものを感じて、波立ってきている。
そう、心の内奥に大きく座を占めるその存在の死というものは、おのれの底深くに眠り込んだなにものかを衝き動かし、強い促しの力となって、思いがけない機縁を孕みうるものなのだ。


2006(H18)年12月16日午前8時過ぎと聞く、
日本画家にして児童教育学者、市岡高校14期生・中原喜郎氏、永眠す。
                                   ――― 合掌。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<冬−30>
 はげしさを聞きしにそへて秋よりもつらき嵐の夕暮の声  貞常親王

後大通院殿御詠、冬夕嵐。
邦雄曰く、定家・二見浦百首の恋、「あぢきなくつらき嵐の声も憂しなど夕暮に待ちならひけむ」を、冬に変えての本歌取り。第二句の技巧がいささか渋滞しているが、それも味わいのうち、「夕暮の声」も沈鬱な趣を秘めている。同題にいま一首「夕まぐれ木の葉乱れて萩の上に聞かぬ嵐もただならぬかな」あり。結句言わずもがな、第四句秀句表現は見事、と。

 山里の風すさまじき夕暮に木の葉乱れてものぞ悲しき  藤原秀能

新古今集、冬、春日社歌合に、落葉といふことをよみて奉りし。
邦雄曰く、元久元(1204)年十一月十日の春日社歌合作品から、慈円・雅経らと共に入選を見た作品の一つ。秀能は二十歳、北面の武士らしい武骨な詠風が、かえって題に即して妖艶には遠い味を創った。他に雅経の「移りゆく雲に嵐の声すなり散るかまさきのかづらきの山」が技巧の冴えをもって抜群。木の葉とはすなわち紅葉と限定する説も見られる、と。


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