葦辺行く鴨の羽がひに霜降りて‥‥

Waotugu

−表象の森− 和を継ぐものたち

日本に固有のさまざまの伝統芸能にあるいは工芸の世界に生きる人々、
小松成美「和を継ぐものたち」小学館には22人の伝承の芸に日々研鑽する各界の人たちが登場する。
棋士津軽三味線、篠笛、弓馬術、和蝋燭、薩摩琵琶、狂言能楽、漆工芸、釜師香道、落語、扇職人、文楽の人形方、尺八、鵜匠、刀匠、木偶職人、書道、纏職人、筆職人、簪職人と、世代は20代から60代にまたがり、若手から中堅・ベテランが22名登場するが、それぞれの一筋の道を貫く姿勢には軽重もなければ遜色もない。
舞台の表現世界に久しく関わってきた私などには、想像の埒外にある見知らぬ世界、和蝋燭や茶の釜師、からくり人形の木偶職人や火消しの纏職人らの語るところに、大いに興も湧き惹かれるものがあった。
たとえば、からくり人形師の玉屋庄兵衛は江戸の享保時代から300年近く続く名跡であり、その伝統の技を今に伝えているという点では現・庄兵衛氏は世界にただ一人のからくり人形師ということになる。
当時隆盛を極めたそのからくり人形が、御三家筆頭の尾張藩をメッカとし、国内需要の9割方も尾張地方で作られていたというから驚かされる。木曽のヒノキや美濃のカシ、カリンなど、人形の素材たる木材の集積地だった所為もあるのだろうが、代々受け継いできた門外不出の技の占有ぶりをも物語ってあまりある。
ともあれ本書は、この国のさまざまな伝統技芸の世界に、その職人たちの生の言葉を通して触れえるのがすこぶる愉しい。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<冬−37>
 雲凍るこずゑの空の夕月夜嵐にみがく影もさむけし  光厳院

光厳院御集、冬。
邦雄曰く、初句「雲凍る」、第三句「嵐にみがく」、いずれも冴えた強勢表現で、寒夜の凄まじい風景を活写している。墨絵の樹々が、逆立つ髪さながらのこずゑを振り乱すさまが下句に盡されている。「散りまよふ木の葉にもろき音よりも枯木吹きとほす風ぞさびしき」が一聯中に見え、同工異曲ながら、いずれも結句の直接表現が、余韻を失わぬ点を買おう、と。


 葦辺行く鴨の羽がひに霜降りて寒き夕べは大和し思ほゆ  志貴皇子

万葉集、巻一、雑歌、慶運三(706)年丙午、難波の宮に幸しし時。
邦雄曰く、難波の葦は万葉の頃すでに聞こえていた。天智天皇の皇子志貴皇子の作は万葉集に6首のみだが、「采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く」等、いづれも冴えた調べだ。この歌「葦辺行 鴨之羽我比尓 霜零而 寒暮夕 倭之所念」と書くと、さらに情景も真理も際やかになってくる。行幸は九月二十五日から十月十二日までと伝える、と。


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