月冴ゆる御手洗川に影見えて‥‥

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−表象の森− 縹(ハナダ)の色

歌詠みの世界として紹介している塚本邦雄選の「清唱千首」では、採られた歌にもまた解説にもよく縹(ハナダ)という言葉が出てくる。
古くから知られた藍染めの色名のことだが、藍色よりも薄く、浅葱色より濃い色とされ、「花田」とも表記され、「花色」とも呼ばれる。
日本書紀」にはすでに、「深縹」、「浅縹」の服色名が見られ、時代が下って「延喜式」では、藍と黄蘗で染められる「藍」に対して、藍だけで染めるのが「縹」と区別され、さらに藍は深・中・浅の3段階、縹は深・中・次・浅の4段階に分けられているそうだ。

この縹と類似の色で「納戸色」というのもある。こちらはぐんと時代も下って江戸時代に使われるようになった色名だが、わずかに緑味のあるくすんだ青色をいう。色名の由来は、納戸部屋の薄暗い様子からとか、或いは御納戸方−大名各藩などで納戸の調度品の出納を担当した武士の役職−の服の色や、納戸に引かれた幕の色などと、諸説あるようだ。関連の色も多く、「藤納戸」、「桔梗納戸」、「鉄納戸」、「納戸鼠」、「藍納戸」、「錆納戸」などと多岐にわたってくる。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<冬−39>
 かたしきの十符(トフ)の管薦さえわびて霜こそむすべ結女はむすばず  宗良親王

李花集、冬。
邦雄曰く、編目十筋を数える菅の筵は陸奥の名産であった。これは親王信濃に在った折、人に北国の寒さを問われて詠じたとの詞書あり。結ぶのは霜ばかり、都の夢も見ることもないとの返事である。良経の千五百番歌合・冬三に「嵐吹く空に乱るる雪の夜に氷ぞ結ぶ夢は結ばず」あり、密かな本歌取りと見てもよかろうか。肺腑に沁みとおる調べである、と。


 月冴ゆる御手洗川に影見えて氷にすれる山藍の袖  藤原俊成

新古今集、神祇、文治六(1190)年、女御入内の屏風に、臨時の祭かける所を。
邦雄曰く、俊成76歳の正月11日、後鳥羽院中宮任子入内の屏風歌。臨時祭は11月下酉の賀茂の祭。神事に着る小忌衣の袖は白地に春鳥・春草を藍で摺染にする。寒月と川と神官の衣の袖の藍の匂い。殊に水に映じているところを歌った趣向は、絵にも描けぬ美しさであろう。俊成独特の懇ろな文体が、寒冷の気によって一瞬に浄化されたか。


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