燃ゆる火の中の契りを夏虫の‥‥

061227_0111

−世間虚仮− 27㍍も歩けない?

昨日、どのTV局だったか、ニュースワイドの番組で、「金正日が、休まないことには27㍍も歩けないほどに体調悪化を呈している」といったことを報道していたのが耳についた。
21世紀の今日にあって稀代の帝王暮らしをしている贅沢三昧のバカ殿だもの、そりゃ心臓も肝臓も腎臓も悪くはなろう。糖尿病だって命取りだ。65歳ともなればありとあらゆる病魔に侵食されて寿命も尽きなんとしてもおかしくなかろう。
私が耳についたというのは、彼のそんな症状のことではなく、20㍍でもなく30㍍でもない、「27㍍」といういかにもその半端な謂いが障ったのだ。
日本でなら、尺貫法はすでに遠い昔の単位表示となってしまったが、それでも舞台などに係わる私などは舞台間口何間、奥行何間と使わないことには話が通じないのだけれど、それは特殊世界の非公式な話。
仮に「27㍍」を尺貫法で表示すれば15間ということになるが、このニュースソースが尺貫法である筈もない。
ニュースの出所は、はて中国なのか韓国なのかなどと頭をめぐらせていたが、ネットをググッてみて、北京発の英紙サンデー・テレグラフだと判った。「27㍍」は英国式表示−ヤード・ポンド法−で「30ヤード」だったのだ。
曰く「西側政府筋の話として、北朝鮮金正日総書記が体調を崩し、休憩なしでは30ヤードも歩けなくなった」と報じたとのことで、これを受けて件のニュースワイドでは「27㍍も歩けない」と奇妙な謂いになったらしい。
ニュースの本意からして「30ヤード」というのは、ごく日常的なちょっとした移動距離を指すのに用いられた謂いに過ぎないと思われるが、こういう場合、ニュースソースを明らかにしたうえで「30ヤード」とそのまま言えばよかろうに、また20㍍とも30㍍とも言い換えたところでなんの支障もないだろうに、機械的に「27㍍」と換算してそのまま伝えるから、却って耳に障るような謂いとなってしまうのだ。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<夏−63>
 筑波嶺のさ百合の花の夜床にも愛しけ妹そ昼も愛しけ  大舎人部千文

万葉集、巻二十。
邦雄曰く、巻二十にひしひしと並ぶ防人の歌の中の一首、出身は常陸国、千文の伝は全く未詳であるが、夜は勿論、昼は昼で、別れてきた百合の花さながらの妻が可愛く、かつ恋しいと、身を揉むように歌うのは、大方の壮丁の代弁であったろう。同じ作者の今一首は「霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍(すめらみくさ)にわれは来にしを」、この方がさらに痛ましくあはれ、と。


 燃ゆる火の中の契りを夏虫のいかにせしかば身にもかふらむ  大中臣能宣

能宣集、人の歌合し侍るに、よみてと侍れば、夏虫。
邦雄曰く、夏虫は燈火に慕い寄って身を焦がす昆虫の類、一事に現を抜かして盲滅法危険を冒す譬えと、恋に身を滅ぼす喩え。死を懸けてまで、なぜあの虫がと問いかけて、「火の中の契り」の理外の縁を暗示する。「夜もすがら片燃え渡る蚊遣火に恋する人をよそへてぞみる」も亦同趣向だが、下句の説明調ゆえに「夏虫」ほどの余情を伝え得ない、と。


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