風吹けば嶺に別かるる白雲の‥

アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語 (岩波新書)

アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語 (岩波新書)

−表象の森− オリエンタリズムとしての「アラビアンナイト

「異文化の間で成長をつづける物語。
この本は新書の一冊だが、その背後には実に膨大な歴史がある。
今日世界の問題である中東の状勢を考える上でも、アラビアンナイトの辿った道は、決して無視することが出来ないだろう。」
と、毎日新聞の書評欄「今週の本棚」5/20付で渡辺保氏が評した「アラビアンナイト−文明のはざまに生まれた物語」(岩波新書)はすこぶる興味深く想像の羽をひろげてくれる書だ。
著者は国立民族学博物館教授の西尾哲夫氏、2004年に同館主催で開催されたという「アラビアンナイト大博覧会」の企画推進に周到に関わった人でもある。
今日、『アラビアンナイト』を祖型とするイメージの氾濫は夥しく、映画、アニメ、舞台、電子ゲームなどに溢れかえっているが、「それらの大部分は19世紀以後に量産されてきた挿絵やいわゆるオリエンタリズム絵画から大きな影響を受けている。」と、著者はさまざまな例証を挙げて説いてくれる。
本書を読みながら、図書館から同じ著者の「図説アラビアンナイト」や04年の企画展の際に刊行された「アラビアンナイト博物館」を借り出しては、しばしこの物語の広範な変遷のアラベスクに遊んでみた。

アラビアンナイト』もしくは『千夜一夜物語』の題名で知られる物語集の原型は、唐とほぼ同時代に世界帝国を建設したアッバース朝が最盛期を迎えようとする9世紀頃のバグダッドで誕生したとされるが、それは物語芸人の口承文芸だったから、韻文を重んじたアラブ世界では時代が下るといつしか忘れ去られていったらしい。定本はおろか異本というものすらまともに存在しなかったらしい。
アラビアンナイト最初の発見は1704年、フランス人アントワーヌ・ガランがたまたま手に入れたアラビア語写本を翻訳したことにはじまる。
しかしガランが最初に入手した写本には、お馴染みのアラジンもアリババも登場しない。シンドバッドだけが何故か別な物語から挿入されたらしい。アラジンやアリババはガランが別な写本から翻訳、後から付け加えられたという。これが時のルイ十四世の宮廷に一挙にひろまった。フランスのブームはイギリスへ飛び火し、さらにヨーロッパ全土へと一気にひろまっていく。

著者は本書の序において、「今から300年ほど前、初めてヨーロッパ人読者の前に登場したアラビアンナイトは魔法の鏡だった。ヨーロッパ人読者はアラビアンナイトという魔法の鏡を通してエキゾチックな幻想の世界という中東への夢を膨らませた。やがて近代ヨーロッパは、圧倒的な武力と経済力で中東イスラム世界を植民地化していく。現代社会に深刻な問題を投げかけているヨーロッパとイスラムの不幸な関係が出来上がっていった。」と要約してみせる。
或いはまた「『アラビアンナイト千夜一夜物語』とは単なる文学作品というよりも、西と東との文明往還を通して生成されていく一つの文化現象とでも形容できる存在なのだ。」
「ヨーロッパにおける『オリエンタリズム』、いわば初めは正体がわからず畏怖すべき対象であったオリエントが、ヨーロッパによって『文明化』され、ヨーロッパ的価値観という統制可能なフレームの中に収まっていく過程とパラレルになって形成されてきたのが『アラビアンナイト』なのだ」と。
たとえばブッシュに代表される現代アメリカの中東観に関わることとして、
トリポリ戦争の勝利によって独立後の国家としてのアイデンティティを確立したアメリカは同時に『遅れた野蛮な地イスラム諸国』という視点をもってイスラム世界と対立してきた。そこにもまたこの物語が影を落している。ご承知のようにこの物語の大枠は女を毎夜殺害する専制君主の前に引き出された『シェヘラザード』が毎日王に物語を語って聞かせ、ついに王を悔悟させるというものだが、この聡明な知恵をもって野蛮な王を説得する女性のイメージこそ、その後のアメリカのイスラム諸国を野蛮視する視点の確立に合致している。アメリカは、その独立建国以来、今日までこの物語の視点を持ち続けているのである。」というあたり然もありなんと肯かせてくれる。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<恋−63>
 生けらばと誓ふその日もなほ来ずばあたりの雲をわれとながめよ  藤原良経

六百番歌合、恋、契恋。
邦雄曰く、命を懸けた恋、それもほとんど望みのない、宿命的な愛を底に秘め、あたかも宣言でもするような口調で、死後の自らを、空の白雲によって偲んでくれと歌う。俊成は「あたりの雲」を「あはれなる様」と褒めたのみで、右隆信の凡作との番を持とした。技巧の翳りもとどめぬ、このような直情直叙の歌に良経はよく意外な秀作を残している、と。


 風吹けば嶺に別かるる白雲の絶えてつれなき君が心か  壬生忠岑

古今集、恋二、題知らず。
邦雄曰く、わが心通わぬ無情な人の心を、初句から第四句の半ばまでの序詞をもって代え、かつ描き出した。虚しい空の、さらに空しい雲が、風のために嶺から離れて行かねばならぬ定め。「つれなき」とはいえ、白雲もまた自らの心で別れるのではないところに、「心か」の疑問風嗟嘆の余韻は仄かに後を引く。多くの歌の本歌としても永遠に生きる、と。


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