思ひ出でよ野中の水の草隠れ‥‥

Anaritsu

写真は、棟方志功「釈迦十大弟子」より「阿那律の柵」

−表象の森− 釈迦十大弟子の四、阿那律

仏教では諸々の超能力のなかでとくに6つの神通力−六神通−を挙げる。
一に、神足通−空間を自由自在に移動する能力、いわゆる神出鬼没という類
二に、天眼通−未来や運命に対する予知能力
三に、天耳通−遙か遠方の音をも聞き分ける聴力、千里眼ならぬ千里耳である
四に、他心通−他者の内面、心を読み取る能力
五に、宿命通−自他の前世、過去世を知る能力
六に、漏尽通−あまねく余さず、真理を悟りうる能力


阿那律は盲目にして天眼第一となり。
彼は釈迦族の出身で釈尊の従弟ともいわれるが、彼の出家の際には釈迦族の有為の者7人がともに出家、釈尊に帰依している。
そのなかには十大弟子に数えられる阿難陀と優波離がおり、また後に釈尊に叛逆した提婆達多も含まれていたとされる。
彼は生来の盲目ではなかった。まだ出家してまもない頃、迂闊にも説法の席で居眠りをして叱責を受けてしまったが、これを恥じ入り、こののち不眠不休の誓いを立て、定坐不臥の行に没頭しつづけるあまり、ついに盲目になってしまったのである。
両眼の犠牲をもって心眼を獲たということであろう。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<恋−68>
 思ひ出でよ野中の水の草隠れもと澄むほどの影は見ずとも  二条為重

新後拾遺集、恋四、題知らず。
正中2(1325)年−至徳2(1385)年、俊成・定家の御子左家二条為世の庶流為冬の子。足利義満の歌道師範となり、新後拾遺集の選者に。為重の死後、二条家は後継者無く急速に衰退。新千載集初出、勅撰集に36首。
邦雄曰く、昔、播麿の印南野にあった清水は、もと冷たく澄み後に温かく濁ったと伝え、これに因み、もと連れ添うた女の意をも含む。謡曲の「野中の清水」は家を去った女房に印南野で追いつき連れ戻す筋。「思ひ出でよ」の命令形懇願はつれなくなった相手に、たとえ昔通りになれずとも、せめてとの意か。為重は二条為世の孫、非業の死を遂げた、と。


 命あらば逢ふ夜もあらむ世の中になど死ぬばかり思ふ心ぞ  藤原惟成

詞花集、恋上、寛和二年、内裏の歌合によめる。
天暦7(953)年−永延3(989)年、花山天皇の乳母を務めた藤原中正の女を母に、道長は母方の従弟にあたる。花山天皇の側近として権勢をふるうも、退位出家とともに惟成も剃髪隠棲した。拾遺集初出、勅撰入集17首。
邦雄曰く、寛和2(986)年33歳、他界3年前の作。悲調一色、涙の雨と滝に濡れそぼった王朝恋歌の中に、このおおらかな調べは珍しい。悠々として迫らぬ、しかも達観の臭みなどない安らぎは実に頼もしく、また貴重でもある。切羽詰まって盲目になった恋人同士を、一瞬蘇らせ、生き直させるほどの命を有している。拾遺集初出歌人漢詩作者としても名あり、と。


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