世々を見し夢のおもかげ立つ塵の‥‥

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−世間虚仮− 8・8の悲喜劇

秋立ちぬ。
今日8月8日は算盤の日でもあるそうな。心は「8・8−パチパチ」とか、昭和43(1968)年に全国珠算教育連盟が制定したとされるが、この手の駄洒落・語呂合せで成る記念日の多いこと。
因みに「こよみのページ」で紹介されているものから二三引くと、パチンコ供養の日、これもパチパチからとて、平成6年の誕生。親孝行の日は、母−ハハ、父−パパ、とかで平成元年にできたらしい。
全日本愛瓢会なるものが制定したとかの瓢箪の日もあれば、蛸の日までもがあるのには驚かされるが、敬老の日の実現に中心となった日本不老協会が平成6年に「笑いの日を作る会」を発足させ、ハッ、ハッとばかり笑いの日が誕生したという。この人たちはこの日、笑いの日を国民の祝日にと毎年国会へ請願の行進をし、総理などに陳情しているらしいが、はてすでに選挙管理内閣と化した安倍総理へと今日も陳情しているのかな。

さて、甲子園では夏の高校野球が始まったが、来年の今日は北京五輪の開幕日だそうな。
中国では市民のマナー向上から大気汚染対策まで、不安解消とイメージアップに躍起だが、各国から視察に集まったIOC関係者らの不安視はそうやすやすと治まらない。
北京の大気汚染も深刻だが、食も不安を拭えない。水不足はさらに深刻らしい。
北京の北、河北省豊寧県はコメどころとして稲作中心の農家が大半だったが、乾燥に強い作物へと転作を強制され、この夏、一面のトーモロコシ畑へと変わり果てたという。「退稻還旱」と名づけられた政府による強制転作は今年1月に断行され、河北省3県で、総面積6700万?の水田が消えたというのだ。
偉大な国家事業の前に、弱者はとことん構造的変化の波をもろに被ることになる。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>

<雑−37>
 人知れず片晴れ月ぞ恨めしきたれに光を分きて見すらむ  藤原清輔

清輔朝臣集、秋、月三十首の中に。
邦雄曰く、天の一方の雲が晴れて、月の片面のみが明るむ現象を「片晴る」と称する。「片割れ月」と紛らわしいためか、名詞としては稀に見るのみ。月が一方にのみ光を与えているとひがんで、恨みを言うかたち。家集では「夜もすがら人を誘ひて月影の果ては行方も知らで入りぬる」等と並んで月の大作中にあり、何か暗澹たる翳りを、内に秘めた作が多い、と。


 世々を見し夢のおもかげ立つ塵の五十路の床をはらふ松風  正徹

草根集、二、永享元(1429)年卯月、法楽とて百首の題を分けてよみ侍る、夢。
邦雄曰く、人生五十年、顧みれば今日まで見たものが現であったのか、夢にすぎなかったのか、床の塵を払ふ風も、ただ虚しい空の深みから吹く。一句一句に趣向を凝らして、あたかも工芸品のような一首を作り上げる技巧は、作者が崇敬した定家を超えるものさえある。「還すべき夢にもあらずさ夜衣とほき昔の世々のうつつは」は「往時夢」、調べ深遠、と。


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