なれなれてはや有明の月の秋に‥‥

Alti200660

−世間虚仮− 郵政民営化アムンゼン

毎日紙面の「時代の風」に同志社の大学院で教鞭を執る国際経済学者の浜矩子が「郵政民営化の怪」と題し、世界で初めて南極点到達を果たしたノルウェーの探検家アムンゼンの故事を引きながら、この10月1日に民営化へと踏み出した小泉改革の「郵政民営化」事業が孕む問題の本質をアイロニーたっぷりに論じている一文があったが、パンチの効いた皮肉とその論旨の明快さに思わず頷いてしまった。

アムンゼン隊一行が南極点に到達したのは1911(明治44)年12月15日のことだが、抑も当初アムンゼンが踏破を目指していたのは北極点だった筈で、彼自身出航するまではあくまでもその考えだった。ところが彼の出航前にアメリカのR.E.ピアリー探検隊が北極点を制覇したことを知るところとなり、二番手では意味がないと、誰にも言わずに航海途上で急遽進路を変えて南極を目指し、スコット隊に先んじ南極制覇を果たしたのだった。
アムンゼンに出し抜かれた体のスコット隊も遅れて南極に到達するも、その帰路途中で全滅という悲劇を招くことになるが、その明暗の別れは探検史上よく知られた話だろう。


浜矩子はいう、「北極に行くと言いながら、南極に到達した男、それがアムンゼンである。小泉氏の郵政民営化もこれと同じだ」と。
郵政改革のそもそもの眼目はどこにあったか。郵便貯金制度という今は昔の「国民皆貯蓄」型システムをうまい具合に廃止に持ち込むことではなかったのか。既に役割を終えた制度の上手な幕引き。目指すは郵貯簡保の退陣だったはずである。これが郵政改革の「北極」だった。
ところが10月1日に辿り着いた場所は? 「郵貯」から「ゆうちょ」へ、「簡保」から「かんぽ」へと看板を掛け替えた巨大金融機関お目見得の日だ。優雅な終末を迎えるどころか、がんがん儲かる民間銀行に変身しようと意気込んでいる、一大延命作戦となっている。
明らかにここはもはや「北極」でない。知らないうちに「南極」になっている。こういうことが許されていいのか、と。
一方、郵政の本来業務であるはずの郵便事業はどうなるか。公共性・公益性の高い、郵政改革の中でしっかり保全されていくべき郵便事業が、効率化の名の下に、僻地・過疎地向けのサービスが統廃合されるのではないか。郵貯簡保との分社化で利便性も収益性も悪化するなか、公共サービスとは遠く隔たりつつ、効率と収益追求の中で延命を図るというのは、どうみても本末転倒である。
役割を終えたから退場すべき退場すべきものが新たなる繁栄を求めて再出発する。他方、継続が保証されるべきサービスの命運が危うくなる。これはどうやら、北極と南極以上にかけ離れたゴールに到達してしまったのかもしれない、と、およそ概括すればそんな謂いようだ。


<歌詠みの世界−「清唱千首」塚本邦雄選より>
<秋−129>
 もみぢ葉を惜しむ心のわりなきにいかにせよとか秋の夜の月  恵慶

恵慶法師集、月おもしろき夜、紅葉を見て、人々ゐたり。
邦雄曰く、月光と紅葉、それは言葉の彩であって、見る眼には既に色を喪い、薄黒い翳りの重なりだ。絵空事に似た現実の景色に、「いかにせよとか」のやや過剰な思い入れは、この場合見事に照応する。「夜の嵐」の題では「紅葉ゆゑみ山ほとりに宿りして夜の嵐にしづ心なし」の詠あり、いずれ劣らぬ新味持つ。2首ともに夜の紅葉、着目の妙を思う、と。


 なれなれてはや有明の月の秋にうつるは夢の一夜とぞ思ふ  後奈良天皇

後奈良院御詠草、暮秋。
邦雄曰く、「月の秋に」「一夜とぞ思ふ」と第三・五句がともに一音余剰を含んで響き合う。とくに第三句は「有明の月」の一種の句跨り現象を倒置法でさらに強調する。16世紀和歌特有の錯綜技法。同題で「秋をしもさらには言はず隠しつつ暮るるに年の名残をぞ思ふ」があり、暮秋は歳暮の近さを思わせる侘びしさが、これまた結句一音余りのたゆたいに滲む、と。


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