襟に高雄が片袖をとく

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<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「霽の巻」−26

  雪の狂呉の国の笠めづらしき  

   襟に高雄が片袖をとく   芭蕉

次男曰く、「高雄」は誤記か、それとも高尾をもじったか。高尾は江戸時代、吉原三浦屋の大夫職遊女の源氏名で十一代続き、諸大名などと浮名を流した者も少なくない。

「本-もと-興ニ乗ジテ行ク、興尽キテ帰ル。何ゾ必シモ安道ヲ見ンヤ」-子猷、戴ヲ尋ヌ-という「蒙求」にのせる話が、念頭にあったかもしれぬ。雪夜訪隠の興を云うなら前句ではなくここのはこびで活きる。偶興を登楼のそれに切替え、恋句に転じている。被りものが「呉の国の笠」なら襟巻は「高雄が片袖」だと位を見計って対としたところが工夫と云えば云えるが、じつは労もない即付だろう。芭蕉は燥-はしゃ-いでいる。

「唐にやまと、雅人に遊女の対也。扨-さて-附は高雄がかた袖をとく人も同じ雪見の風狂人と附て、‥かなたにも己れにひとしく曲-くせ-ものありて呉国の笠をうち著て風狂を尽す、雪見の物好なるべし」-升六-

「四望皓然の雪を賞し酒を酌むに当り、名妓の繍袖-シュウシュウ-を解きて襟巻とする豪華至極のありさまをあらはせるなり。前には津波を出して、仏喰ひたる魚に驚かされ、今はまた唐物の笠を衒-てら-ひて、高尾の袖に圧さる、荷兮も蓋-けだ-し及ぶべからざるを歎じたらむ」-露伴-、と。


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