風にふかれて帰る市人

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―温故一葉― 田中勝美さんへ

晩春の候、室生寺や当麻の石楠花、談山神社や壷坂の山吹も満開とか、花だよりに誘われ、そぞろ野山散策のひとつもしたくなる頃です。

ご夫妻にて2月の京都アルティにわざわざご到来戴いての御目文字以来のご無沙汰も、恙なくお過ごしであろうと思いきや、この4月早々、なんと胸部大動脈瘤の大手術をなされたと伝え聞き、びっくり仰天しましたが、術後の回復もすこぶる順調に、退院の予定も早まったと併せ聞き、ひとまず安堵しているような次第ですが、聞けば、この3月末、目出度く退職、永年の勤務からようやく開放され、ほっと一息つく暇もなく、3.4日後には症状の発覚、即手術に到ったとの事。それにしても、まこと一寸先は闇、災厄というものは前触れもなく訪れるものでありますネ。

此の度のこと、誰よりも貴女ご自身が一番驚き且つ衝撃に襲われたのではなかったでしょうか。また京都の折、初めてお逢いしたご主人でしたが、この間の彼の心労もさぞ大変なものだったでしょう。遅ればせながらお見舞いの辞とともに退院の朗報を言祝、向後の快方を心より念じております。

一昨年の6月でしたか、舩引君が住職を務める福島区蓮光寺法話に美谷君が登場するとあって拝聴しに出かけたのが、貴女と親しく言葉を交すようになった機縁となり、その後15期の幹事会などでもご一緒するようになりましたが、顔ぶれも多彩に賑やかなのは結構だとしても、船頭多くしての喩えどおりいささか迷走気味の会議には、貴女のような一言居士は寸鉄人を刺すが如くにしてまことに貴重なもので、折々に此方も助けられてきた感があります。

傍ら、長野君音頭の古都めぐりも賑わいを増し活況のようだし、片山さんや内山さんたちは写真のほうにずいぶんと凝り型のようだし、ゴルフの会もすっかり定着しているようだしと、それぞれ思い思いに好みのほうを向いておのが林住期を謳歌しているものともみえ、善哉々々。

これも03年秋以来の、なにやかやと試行錯誤の積み重ねが攻を奏したものと受けとめ、本体-幹事会-のほうは、しばらくはこのままゆるりゆるりと歩めばよいとのんびり構えていますが、夏から秋にかけてのあたり、一度くらいは一同に会すべしという声も起きようから、その折は是非に元気な姿でお出まし願います。

なにはともあれ、術後の養生、くれぐれも御身大事とお努めあるように。

 08戊子 卯月穀雨


田中勝美さんは高校の同期。同窓会仲間ではめずらしくDanceCafeなどに関心を示して観に来てくれるようになっていた。
胸部大動脈瘤は自覚症状が乏しいらしく、破裂した場合の多くは死に到ると云われる。彼女の場合胸部圧迫などの自覚症状からか破裂前に発見され、直ちに8時間余りの手術、翌日また再手術といった大手術のすえ、ことなきを得たらしい。それが定年退職後の第二の職場もこの3月末ようやく辞して3.4日後のことだったというから、この巡り合わせも驚きだが、診察を受けるのが遅れていたらどうなっていたか、いわば不幸中の幸い、運よく命拾いをしたにひとしいともいえようか。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「雁がねの巻」−06

  瓢箪の大きさ五石ばかり也  

   風にふかれて帰る市人   芭蕉

次男曰く、夕顔の忘れ形見のことはひとまず措いて、話を荘子へ持っていった越人の狙いは、「四山」瓢のよろしさひいてはその持主の心映えに寄せる賞讃だろう。それを含として、無用の用の極意を教えて欲しいと問掛けている。

答は、「子-恵子-、大樹有りて其の用無きを患ふ。何ぞ之を無何有-むかう-の郷、広漠の野に樹-う-えて、彷徨乎として其の側に無為、逍遙乎として其の下に寝臥せざるや。斤斧に夭-き-られず、物の害-そこな-ふもの無し。用ふべき所無ければ、安-いづくん-ぞ困苦するところ有らんや」-逍遙遊篇-。

先に続いて、規矩墨縄にもあたらぬ大儒についての問答だが、この句の作りにはもう一つ拠り所がありそうだ。

唐土に許由といひける人の、さらに身に従へる貯へもなくて、水をも手して捧げて飲みけるを見て、なりひさごといふものを人の得さしたりければ、ある時、木の枝にかけたりけるが、風に吹かれて鳴りけるを、かしがましとて捨つ。また手に結びてぞ水も飲みける。いかばかり心のうち涼しかりけん。」

徒然草」第十八段に載せる「蒙求-もうぎゅう-」の説話である。許由は潁川に耳を洗い、箕山に隠れた賢人、一方、素堂が芭蕉に与えた銘は「一瓢 黛山より重し、自ら笑って簑山と称す、‥」。

許由にはなれぬが、「風に吹かれ」るその瓢箪ぐらいになれる、と芭蕉は云いたいらしい。栽ち入れて翻したところが諧謔のみそだ。「市人」が商估-しょうこ-か客かはわからぬが、無用の大瓢をとりまく凡俗の「かしがまし」さは自ずと言外に現れる、と。


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