鶯よう啼いてくれるひとり

死者の書・身毒丸 (中公文庫)

死者の書・身毒丸 (中公文庫)


Information<四方館 Dance Cafe>

―山頭火の一句―

ほぼ1ヶ月ぶりの山頭火の一句。句は大正15年の春と目されるが、この4月山頭火は「解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た」と句集「鉢の子」に書き添えているから、その途上の一句であろうか。

その前年-大正14年-の2月、熊本市内にある報恩寺の住職望月義庵の許で得度出家した。法名は耕畝-こうほ-である。時に山頭火44歳。

さらに義庵和尚は、もはや高年の寄る辺なき新発意者に、当時報恩寺の管理下にあった熊本の郊外、現在の鹿本郡植木町にある味取観音堂の堂守へと計らってくれた。
山林独住、自家撞着の矛盾のうちに我執と迷妄の淵を彷徨いつづけた果てにやっとたどりえた安寧の日々であった。

山頭火は若い頃から「わしゃ禅坊主になるのじゃから、嫁は貰わん」などと口癖のようにしていたから、その伝でいけば、このたびは晴れて念願の出家を果したということになるが、はたしてそうか。近代精神に目覚め、文学に立身を求めようとした富裕育ちの少年にありがちな、ある種ポースといった一面もあったろう。44歳になるこれまで心の底から出家の道を探ったというような形跡はどこにもない。その彼が突然のように出家をした、その一大転機はどのようにして訪れたか。

さかのぼれば、山頭火関東大震災の受難に遭い、這々の体で東京から熊本へと逃げ帰ってきたのは大正12年の9月も末であった。一文無しの身は足取りも重く、すでに離婚し合わせる顔もないはずのサキノが居る「雅楽多」の店先に立っていた。
この時、妻子を打ち棄て4年のあいだ音沙汰もないまま、尾羽うち枯らした姿で立ちつくす山頭火に、さすがにサキノはその身勝手を許さなかった。

その夜、山頭火は泊まるところとてなく、熊本の街をとぼとぼとただ歩くしかなかった。翌朝、結婚のため帰省していた茂森を頼って彼の家を訪ねた。ひとまず茂森の世話で川の畔にある海産物問屋の藏の二階に間借りがかない、ひとまず小康を得た。

だが、妻を迎えた茂森は月も変わった10月半ばには再び東京へと帰っていったのである。この熊本に惟一人頼れる友が去って、山頭火はただ淋しかった、しばらくは額縁の行商をしていたようだが託すべき希望の灯など見出せる筈もなかった。その後、彼は告げる者もなくひっそりともう一度上京している。瓦礫の東京になにがしかの託せるものがあったとも思えぬが、さりとて都会に流離うほかに何処にも行き場がなかったのだろう。

荒廃した東京は、やはりこの流浪者を受けつけてはくれなかったようである。それから後の一年のあいだ、再び熊本に舞い戻って、ふらりと「雅楽多」の店先に現れるまで、山頭火の消息はまったく不明のままである。


―今月の購入本―
いつもなら月の20日頃までには書きとめてきた購入本と借本、ちょうど月半ば過ぎに小旅行に出向いたことも響いてか、とうとう晦日にまでなってしまった。

折口信夫死者の書身毒丸」中公文庫
昔、大津皇子を題材に舞台を作るとき、すばりお世話になった「死者の書」、久方ぶりに接して見ねばなるまいと思ったが、手許にはない。標題のとおり「身毒丸」、加えて「山越の阿弥陀像の画因」を併収

寺山修司寺山修司幻想劇集」平凡社ライブラリー
嘗て寺山自身、「演劇が文学から独立した時点、から活動を開始した」と謳った天井桟敷における代表的戯曲のアンソロジーレミング身毒丸/地球空洞説/盲人書簡/疫病流行記/阿保船/奴婢訓を所収

・H.カルディコット「狂気の核武装大国アメリカ」集英社新書
田中優子に「本書の特徴は、ぞっとするような具体性」と言わしめた、ブッシュ政権下の軍産複合体の現況を厖大なデータ収集に基づきものした書。著者は小児科医であったが、スリーマイル島原発事故を契機に医師を辞め、核兵器開発を停止させる運動の先頭を切るようになったという。

広河隆一編「DAYS JAPAN -アイヌ-2008/08」ディズジャパン
・ 〃 「DAYS JAPAN -結婚させられる少女たち-2008/09」〃

・江守賢治・編「筆順・字体字典」三省堂 中古書
・高塚竹堂・書「書道三体字典」野ばら社 中古書
小一の娘が書の教室に通うようになって、時には遊び気分で筆を運んだりするのも一興、上記のような二書もあるにこしたことはないと。

―図書館からの借本―
矢内原伊作ジャコメッティみすず書房
ジャコメッティのモデルをつとめるため5度の夏をパリで過ごしたという著者自身が、制作過程でJと交わした対話の記録あるいは書簡など。

・P.ナヴィル/家根谷泰史訳「超現実の時代」みすず書房
シュールレアリスムの草創期からその運動に同衾してきた著者自身の壮大な回想録。

丸山健二「日と月と刀」上・下巻/文芸春秋
「元来、小説は読まぬ」という畏友谷田君の薦める小説。独特な言葉の喚起力をもった丸山健二世界は「千日の瑠璃」と「争いの樹の下で」を読んだことがある。

丸山健二「荒野の庭」求龍堂
その異端作家が長年丹精込めた庭づくりと花そだてのはてに生みだした写真集、添えられた言葉が激烈。

三交社刊「吉本隆明が語る戦後55年」シリーズの
「5-開戦・戦中・敗戦直後」「6-政治と文学/心的現象・歴史・民族」「7-初期歌謡から源氏物語/親鸞」「12-批評とは何か/丸山真男


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