炭売のをのがつまこそ黒からめ

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Information<四方館 Dance Cafe>

―表象の森― 月の句と花の句

月の句は、名残の裏を除く各折の表・裏に一つずつ-歌仙では計三つ-とされる。初表五句目、初裏八句目、二の折表十一句目を定座とするが、うごかしても差し支えはない。月の季は秋に扱うが、一歌仙一度にかぎり他季に取合せたり、心の月-雑-としてもよいとされる。

花の句は、各折の裏に一つずつ-歌仙では計二つ-とされる。初裏十一句目、二の折裏五句目を定座とし、これもうごかしても差し支えないが、後者は挙句前に当り祝言の花の座であるから、定座を守ることが多い。花の季は春に扱うが、他季や雑にも、帰り花-冬-や花嫁-雑-など、正花-賞美の花-と見做される詞はある。但しこれは一度にかぎる。

「炭売りの巻」と連衆

「炭売り」は「冬の日−尾張五哥仙」の第四の巻にあたる。連衆は野水・杜国・重五・荷兮の尾張連衆と芭蕉、この五人に羽立-うりゅう-が新たに加わっている。連衆解説は芭蕉以下五人はすでに紹介済なので略す。

羽立−尾張熱田の人、荷兮系の俳人とみられ、五歌仙のうちこの第四と第五の巻に来たり一座した。当時は30代半ばか。「猿蓑」入集は1句のみ。享保11-1726-年歿。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「炭俵の巻」−01

  炭売のをのがつまこそ黒からめ  重五

前書に「なに波津にあし火焼家はすゝけたれど」とあり。

次男曰く、「万葉集」巻十一に「寄物陳思」として収める歌群に
「難波びと葦火たく屋のすすたれど己が妻こそとこめづらしき」
という歌があり、第二句までは「すす-煤-たれど」を導く序詞である。

重五の句は、古女房も難波津の葦火たく屋の煤けだと云えば和歌になるが、炭売稼業の煤けと云えば俳諧になる、と作っている。「こそ黒からめ」と誇張した滑稽で以て妻に対するいとしさを深める、というのが仕立の狙いだろう。

一工夫ある詞書の遣い方だが、そこに気付かぬと「黒からめ」が駄目押のように読めるから、一種の反語-「やは」の省略、黒いだろうかいや黒くはあるまい-などと、理を排した読み方をもちいることになる。「秘注」や升六の「冬の日注解」、近くは樋口功や天野雨山などそう説いている。そうでなければ、さぞ黒かろうが己が妻と思えばやはりいとしいという解釈が多い。いずれも煤けた妻を見るのは不本意だという点に捉われているらしく、感覚なり表現なりの誇張のなかに見えてくる滑稽のあたらしさ、そこに湧いてくる思いがけぬ情のたのしみは気付いてはいない。

重五の句は、黒いけれどではなく、黒さもここまで黒ければ、かえっていとしさが増すと云っているのだ。理外の理に興じた「冬の日」興行なら猶のことそう読めるが、その辺を見外すと、既にこの巻の面白さは見えなくなる、と。


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