荻織るかさを市に振する

080209015

Information<四方館 Dance Cafe>

―世間虚仮― Soulful days

「急性硬膜下血腫」2−Neuroinfo Japan-脳神経外科症患情報ページ-参照

診断の確定は通常CT で行われる。CT上、急性硬膜下血腫は脳表を被う三日月型の高吸収域として描出される。出血は硬膜下腔に拡がるため短時間で血腫は形成され、通常片側の大脳半球全体を覆うようになる。まれに大脳縦裂-大脳鎌と後頭・頭頂葉内側面との間-や後頭蓋窩に血腫が形成されることがある。

頭部CTなどで急性硬膜下血腫の診断がついた場合、緊急手術に備え準備を行う。CT上に脳の圧排所見があれば緊急手術を意図するのが普通である。意識清明かあるいは、意識障害が軽度でかつCT上の脳圧排所見もないような場合には、その後の状態悪化や手術適応となる可能性を十分認識したうえで、厳重な経過観察と保存的加療を行うこともある。また、稀には手術を意図しての準備中、あるいは待機中に意識障害が改善に向かう症例があり、このような症例では血腫が自然消退していくものもみられるが、例外的な症例と考えられる。多くの症例では意識障害は進行し、かつ急激な悪化をみることが多く、緊急手術によっても救命さえ困難な場合も多くある。

血腫を完全に除去し、出血源を確認して止血するためには、全身麻酔下に開頭して血腫除去を行うのが確実である。しかしそれでは間に合いそうにない場合や、非常に重篤全身麻酔下の開頭手術に耐えられそうにない場合など、穿頭や小開頭で血腫除去を試みることもある。状況によっては救急処置室などで穿頭や小開頭である程度血腫を除去し、その後状態をみて全身麻酔下の開頭手術に移行することもある。また全身麻酔下の開頭手術に際し、術後の脳圧排を軽減するために、あえて開頭した骨片をもとの部位に戻さずに、皮下組織と皮膚のみで閉頭し-外減圧術-、1〜2ヶ月後に状態が落ち着いた時点で、保存しておいた骨片を戻して整復するという方法がとられることもある。

頭部外傷、特に重症脳損傷例では頭蓋内に多発性に損傷を受けていることも多いため、術後に新たな頭蓋内血腫が出現したり、増大したりすることがある。CTなどによる厳重な観察が必要である。また一旦生じた脳損傷は、脳の腫れ-脳浮腫-や出血などさらに次の脳損傷-二次性脳損傷-へととぎれることなく進展していく。この二次性脳損傷を制御できなければ、結局は脳の腫れや圧排を改善させることはできず、最終的には脳死へと至ってしまう。また、たとえ救命できても後遺症としての脳機能障害が残ってしまうのが殆どである。

転帰は極めて不良。JNTDB-日本の重症頭部外傷Data Bank-の結果では、急性硬膜下血腫手術例の死亡率はじつに65%、日常生活や社会生活に復帰できた症例はわずか18%のみである。またたとえ日常生活や社会生活へ復帰した症例でも、ほとんどの症例が高次脳機能障害のために、家族も含め、満足な生活は送れていない。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「炭俵の巻」−06

  かぜ吹ぬ秋の日瓶に酒なき日  

   荻織るかさを市に振する  羽笠

次男曰く、「瓶に酒なき」に振る動作を看て取って、振売-ふりうり-を思付いたか。

振売とは、身振-振舞-を伴うからか、触れの転訛か、成語の謂れはよくわからないが、物の名を呼びながら行商する風習である。

羽笠は、買うために売り歩くということをはこびの趣向として、野水・芭蕉句の人物を動かしている。売る品物を笠と見定めたのは、振り下げる動作を捉えて上下の釣合とした滑稽だ。俳諧師ならごく自然な思付で、とくに苦心があるわけではない。

後年、「振売の雁あはれ也ゑびす構 –芭蕉-」ではじまる「炭俵」の四吟-元禄6年10月20日興行-にも、

   吹きとられたる笠とりに行  利牛
  川越の帯しの水をあぶながり  野坡

という続きがある。頭部の不安を、たかだか腰辺りまでしか水のない浅川渡りの不安に引移した軽妙な連想付で、後のまつりと取越苦労を対にした作りである。こういう釣合の感覚が一句の仕立のなかで働けば、「かさを振する」という程度の表現は容易に生れる。

工夫はその先だ。前句にわざわざ「かぜ吹ぬ秋の日」とあれば、秋風の吹くさまを改めて思うことになるが、頭の被りものを案じながらおのずと荻の葉風に及んだらしい。

「荻の上風」は、単に「上風」と遣っても荻を連想させるほど、熟した伝統的歌語である。

それならば、「かぜ吹ぬ秋の日」の振売に見合う虚のかぶりものは、笠は笠でも菅笠や花笠-紅葉笠-ではなくて「荻織る笠」だ、というところまでことばを引回している。むろんオギの広葉で笠など編めるものではないが、風狂の振売ならひょっとしてそういう故事などもあるやもしれぬ、ひとつ考えてみてくれと誘っている。
荻の葉は「招-を-ぐ」との通いで古来神事に用いられたから、この謎掛も警策である。己の号-羽笠-の因みも思い合せているのかもしれぬ。

諸注、「荻」を「萩」の誤記とするものが多い、と。


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