おもふこと布搗哥にわらはれて

080209023

Information<四方館 Dance Cafe>

―世間虚仮― Soulful days -5-

「脳低体温療法」
脳低体温療法は、脳内毛細血管内圧低下による脳浮腫と頭蓋内圧亢進の抑制、脳内熱貯留の防止、脳内興奮性神経伝達物質放出抑制などの効果が期待されている方法である。

しかし、この脳低体温療法は心拍出量の減少免疫能の低下による呼吸器感染症、低カリウム血症、血小板減少症、敗血症やエンドトキシンショックなどの合併症は低体温の程度と密接に関係しており35℃程度では、その発生はわずかであるが、32℃前後になると高率に発生するとされている。

脳低体温療法は、脳にとっては良くても、生体には大きな侵襲を及ぼす二面性を持っている。そのため、単に体を冷やせば良いというものではなく、各温度の変化に伴う生体の反応を十分に認識することが重要である。

97-H09-年という些か古い情報-文藝春秋4月号-だが、脳外科医だった柳田邦男氏が取材したという、こんな事例もあった。

「対光反射なし・瞳孔散大・意識レベル300・CT-急性硬膜下血腫・脳挫傷による脳全体の偏位-」

これだけの悪条件をみると、経験豊かな脳外科医であれば、やはり「まず99%は助かりません」とご家族にお話しすることが多いと思います。但し実際CTを見ていないため、急性硬膜下血腫・脳挫傷による脳全体の偏位の程度がわからないため、ほんとうに低体温療法をしなければ助からなかった症例であるのかどうかは不明であります。また仮にCTを見ていても、細かな予測は困難であるというのが本音であります。しかしいずれにせよ、かなり重篤な病状であることは事実です。

林教授は、手術しても脳全体が浮腫を起こしてしまっては手術の意味がなくなると判断し、低体温療法をまず選択し、時期をみて手術する治療方針を決断した。
発症2日目、瞳孔は縮小した=よくなったが、3日目再び散大し、CTで血腫が拡大していた。手術が決行された。

発症7〜9日目に二日がかりで体温はゆっくりと戻された。しかし戻した同夜、脳圧が急激に上昇し再び危険な状態となり低体温が再度行われた。三週間後、脳の皺は戻り、奇跡は起きた、と。


RYOUKOの蘇生は
この「低体温療法の奇跡」に
一縷の望みを託すしか、ほかに術はなかった‥‥。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「炭俵の巻」−09

   いはくらの聟なつかしのころ  

  おもふこと布搗哥にわらはれて  野水

布搗哥-ぬのつきうた-

次男曰く、娘聟をなつかしがる其人の付である。たくましい聟を隠居がうらやむと老妻が冷やかす、というだけのことをうまく云回している。

句の手柄はむろん布搗歌などという民俗唱歌に思い及んだところだが、前句は懐かしがる側の人にもあった若き日のことを自ずと回想させ、句を男同士の共感と見れば、次を継ぐのは女であって自然であるから、その女は「年甲斐もない」と男を冷かしながら、同様に回想を誘われる。

「布搗哥」とい素材はそこに発見される。「なつかしのころ」の余情にはちがいないが、ただ漫然と気分で継いでいるわけではない。男の胸の内を見抜いて笑うのは嫁・下女・妾・近所の女たちや遊女などであってもよいだろうが、老妻がいちばん相応しいというところに落ち着く。苦楽を共にした歳月もそこにうかぶだろう。そして娘を嫁がせた親の気持ちもである。

なお、からかうのは女たちではなく、歌の文句に笑われると読むこともできるが、そう読んでも人物の設定にさして変りはあるまい。

岩と布の材質の対比は、とりもなおさず男と女の対比だ、というところに気がつけば岩倉に掛けて布を搗く面白さ現れ、とくに解など須いない句だが、それからそれへと余情が縷のごとく生れるところ、巧みに人情風俗を持たせた佳句である、と。


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