はやり来て撫子かざる正月に

080209018

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林田鉄のひとり語り「うしろすがたの山頭火」

―世間虚仮― タイ政府与党解党か?

米国初の金融危機から世界同時株安の震撼と日本人のノーベル賞連続受賞などで沸き返る一週間だったが、11日-土曜-の記事で、タイの最高検が最大与党「国民の力党」に解党処分を憲法裁判所に申し立てた、というのにははひときわ驚かされた。

18行4段抜の記事本文はさしたる量ではないが、与野党入り乱れ政党ぐるみの選挙違反が常態化したタイの政治事情が端的に伝えられており、先月観た映画「闇の子供たち」とも重なって、長年にわたるタイ王国の政府や軍部トップから国民大衆の底辺に至るまで滲透しきった構造的腐敗の根深さを思い知らされたものである。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「炭俵の巻」−27

   釣瓶に粟をあらふ日のくれ  

  はやり来て撫子かざる正月に  杜国

次男曰く、流行り正月と云って、天災地変や悪疫の流行などがあると正月を二度重ねて厄払いをする風習が、古くから各地にある。俄正月・触正月とも云うが、季詞ではない。ないが、ことの性質上、夏-陰暦6月朔日など-に行った例が多いようだ。

句はその流行ると正月を上下に裁分けて作ったものだと思うが、あるいは「疾病-はやり-来て」かもしれぬ。いずれにしろ、季を雑から夏へ転ずる趣向に流行り正月を使っている。

但し、季語は「撫子」。ナデシコ秋の七草の一つだが常夏という異名もあるとおり、「万葉」以来秋にも夏にも詠まれてきた花だ。連・俳でも夏に扱う。「はなひ草」以下陰暦6月とするものが多く、「年浪草」その他に5月としているものもある。現代の歳時記が多くこれを初秋に部類しているのは、山上憶良の「秋の野の花を詠む」と題した有名な歌があるからだ。どちらでもよいようなものだが、古名の伝統は七草よりやや重い。

夏正月にナデシコを飾るなどという風習はどこにもあるまいが、云われてみればいかにも有りそうに思わせる。二句一意、農村日常の暮しには流行り正月をからませて、趣向を面白くしたと読んでおけばよい。夏正月なら餅も粟餅がふさわしい、という興だ、と。


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