ことにてる年の小角豆の花もろし

080209026

―四方のたより― 80歳の初心

「林田鉄さま
昨夜は、語りの舞台、楽しませて頂きました。
このごろやっと、舞台で自由に存在することの、楽しさと、怖さ(?)が見えてくるようになりました。
そのことと、役が求める“声”があることも‥‥。
かつて“巡礼”の時、耳にした声と、昨夜の声とは、全く異質のものでした。
声も亦、進化し続けることを確かめられたのは、幸せでした。
ありがとうございました。
ではまた‥‥。」


この短かい文は、初日の「山頭火」を観て、明くる日-11/30-の朝、届けられたFAXだ。
末尾に松田と記名したこの御仁は、松田春子という女優さんで、後半生はもっぱら朗読のほうに力を注いでこられている。

文中「巡礼」とあるのは「商船テナシティ」で知られたフランスの劇作家シャルル・ヴィルドラックの作品で、もう昔も昔、神澤師の演出で彼女と競演した懐かしの舞台である。
1965-S40-年の1月だったからもう43年も昔、私はまだ弱冠二十歳、駆け出しの若造だったが、男と女二人の3人だけの一幕物で、私は40歳代の役だったか、田中千禾夫の「父帰る」ではないが、巡礼のごとく長い放浪の旅に出た男が、姉と男の娘の二人きりが住む家へふらりと舞い戻ってくることからはじまる、そんな芝居だった。お春さん-彼女はみんなからそう呼ばれていた-はその姉の役だった。

そのお春さん、たしか神澤師より3つか4つ年上だったから、もう80歳になられたのではないか。そんな超ベテランともいうべき御仁が、「このごろやっと、舞台で自由に存在することの、楽しさと、怖さ(?)が見えてくるように‥」と仰るのだから畏れ入る。

懐かしい人に、遠路わざわざお運び願えたうえ、過分なお言葉を戴いた。うれしいかぎりである。

<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>


「霜月の巻」−23

   御幸に進む水のみくすり  

  ことにてる年の小角豆の花もろし  野水

小角豆-ササゲ-一般には大角豆と表記、ささぎとも。マメ科一年草、夏、淡紫色の蝶形花をつけ、秋、莢(さや)を結ぶ。

次男曰く、従者の棒持する姿からササゲを連想し、「小角豆の花」-仲夏-と遣って雑躰の句に季を添わせている。

御幸の途中で小休止をしていると、喉が渇いたと仰ったから、石清水を汲んで差し上げた。野水が読んだ情景の設けは、それだけのことだろう。

その「喉が渇いた」ということばを、「今年の暑さはことにこたえる」、さらに「ササゲの花もしおれる」という暗示的表現に置換え、一方、清水を水の御薬と云えば、従事にも表情が動く。これは、文の芸のと口にする以前に、日常会話の楽しみ方の問題だが、連句の基本もそこにしかない。

故事から離れるに季の会釈-あしらい-を以てした付だが、見どころは炎暑の候の会釈はことばのゆるめよう、緊張のほぐし方にある、と看て取ったところだろう。「水のみくすり」実はただの清水だ、という読みはそこから生まれる。したがって、「水のみくすり」は従者の、「ことにてる」は主人の、暑さの表し方だと考えてよい。共に、ひとふし持たせた表現だ、と。


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