をるゝはすのみたてる蓮の実

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Information-四方館 Dance Café 「五大皆有響」-

―四方のたより― 曽爾村の四季

一昨日-19日-の金曜日から市岡13期で2年先輩になる中務敦行氏の写真展が開催されている。会場は本町にある富士フイルムフォトサロン。高校の写真部時代から数えて50年という節目を迎えての初個展ということだ。

昨日の午後、2ヶ月前からブラウン管の寿命が尽きてしまったままリビングに鎮座ましますテレビの買換えもあって、家族三人でミナミへ出かけるついでに立ち寄ってみた。「山頭火」を観に来てくれたお返しも兼ねてのことだ。

同志社の学生時代もカメラクラブに在籍、そして読売新聞大阪本社の写真部へ就職、写真部長も歴任し、退職後もカルチャーセンターの講師や、アマチュアクラブの指導に精を出す市井の風景写真家は、そのカメラワークにおいて彼自身の気質骨柄を髣髴とさせる、風景へのさりげない優しさが伝わってくるような写真展だ。

「遠近-おちこち-の景」と題したその展示は、異例と云えば異例か、個々の写真に小題を掲げず、曽爾村の四季、奈良の風景とか中国・北海道・美瑛とおおまかに括られているのみで、たえず写真と小題を見較べては思案に誘われるなどの煩さもない、その展示スタイルも彼らしい一つの見識であろう。

個展開催に合せて出版されたという写真集「曽爾村の四季」2400円也を購入。まだ慣れぬ手つきで署名押印をするその姿がなんとなく微笑ましく映った。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「霜月の巻」−26

  芥子あまの小坊交りに打むれて  

   をるゝはすのみたてる蓮の実  芭蕉

次男曰く、「毛吹草」以下江戸時代の季寄は、蓮の実を晩夏、「蓮の実飛ぶ」を秋に扱っている。ここは、雑二句を隔てて前に夏の句が出ているから、秋への移しとしか考えようがない。句に云う「蓮の実」は実の飛び出る候のさまである。尤も、「をるゝ」と云い「たてる」と云えば、茎のことで実そのものではない。じつは花托のことを云っているのだとわかる。

炭団つく臼と蓮の花托、夏の人情と秋の風物、椀形も似ている。片や粉炭のかたまりが片や黒い小さな実が、それぞれの托飛び散る。これは人情句から季のうまい引き出しようだ。

三句について云えばそうだが、芭蕉は二句を「かごめかごめ」の遊と見立てているのかもしれぬ。この遊の起源がいつごろでどんな形だったのかよくわからないが、江戸時代にはかなり広く行われていた。

「嬉遊笑覧」に「まはりのまはりの小仏は、なぜ背がひくい。おやの日にとと喰つて、それで背がひくい」として採録し、尾張地方にもほとんど同じ形が伝えられている。「中の中の小仏は、なぜ背がひくいの。おやの日に海老喰つて、それで背がひくいの」。句は、実の飛ぶ頃の蓮田の風情に合せて子供の遊戯を付けた、と読んでも通じる、と。


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