新畳敷ならしたる月かげに

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―四方のたより― ネットで繋がる予期せぬ糸

昨日の昼下がり、突然かかってきた電話−、その声の主は葛城市の青年会議所の者だと云っていた。JC=青年会議所の構成は20歳から40歳までとされているように、電話の声は若くはきはきとして、姿は見えぬまでも好感の持てる明朗闊達な青年なのだろうと、見知らぬ突然の電話に些か戸惑いながらもそう感じさせるに充分なものだった。

奈良県葛城市は、金剛・葛城山脈の北端、二上山の麓、中将姫伝説で名高い当麻寺のある當麻町とこれに隣接する新庄町が’04年に合併して誕生した市である。

電話の用向きは、その葛城青年会議所の主催事業なのだろうが、この秋9月に小学生高学年の児童たちを対象としたイベントで、地元の史跡文化に親しく触れようと、当麻寺二上山大津皇子墓所などを巡るウォーキングをするのだが、その出発セレモニーの中で万葉にのこる大津皇子にまつわる悲劇などをちょっとした実演で子どもたちに紹介できたらと、そんなモティーフで劇団関係をネットで検索していると我が四方館にいきあたり、相談というかお願いというか、不躾ながらひとまず電話をしてきたというものである。

私が折口信夫の「死者の書」と謀反の嫌疑で刑死させられた大津皇子の悲劇、万葉にのこる姉大来皇女との相聞歌などを材に劇的舞踊を作ったのは’82年と3年、すでに四半世紀も経た昔のことで、藪から棒の話に些か面喰らいながらも、趣旨のほどはよくわかったから、かなり暗くて重い私の大津世界が小学生の子どもたちに親しめよう筈もないので、そういった旨を話して丁重にお断り申し上げるとともに、葛城とは最寄りの平群や生駒あたり、地域の演劇にネットワークを有する演出家の熊本一さんならきっとなんらかプロモートされるだろうと思い、ご本人には多少ご迷惑となるやもしれぬが、彼の連絡先を紹介しておいた。


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「灰汁桶の巻」−03

   あぶらかすりて宵寝する秋  

  新畳敷ならしたる月かげに  野水

次男曰く、「新畳」を「宵寝する秋」の理由とした会釈-あしらい-と読めば、意味は簡単に通じるから、ついうっかり嵌りそうになる。

平句ならともかく、連句の事実上のはじまりである第三の作りをまず後付-逆付-にたよるようでは、先行き思いやられるだろう。といって、夜長に敢て宵寝を決めこんだ閑情を具象化する付だ、と気分に頼って順に考えれば、これはこれで作者がとくに「新畳」を敷き均したくなった、興の説明にならぬ。

新畳という季語はないが、藺刈は「毛吹草」「増山の井」以下に晩夏の季とする。刈取ってそのまま乾すと茶色になり品質も悪くなるから、泥染してゆっくり陰干し、仲・晩秋の頃青々とした畳表に作る。句は、脇の作り様に深秋の情を見定めて、興のうつりを新畳にあしらっているとわかるだろうが、その作者が余人ならぬ野水だということが、この第三の、いかにも相伴たるに相応しい見どころだ。

口切-初冬-という季語がある。風炉の名残-晩秋-とともに茶方にとって大切な行事で、真の初釜は正月よりもむしろ口切の茶事である。備えて炉を開く。概ね陰暦10月1日-古伝に9月1日とも云う-、または立冬、10月初亥の日などをえらんで開くが、むろん先立って茶室の畳替も行う。

「新畳敷ならしたる月かげに」とは、口切の大事を脳裡に描いて、宜斎野水の祝言だと読めばこの句はよくわかる。畳に冠した「新」に新風興行のめでたさも含ませ、重宝な挨拶としている。「月かげ-光-」は、したがって、兼三秋の遣方ではあるがとりわけ後の名月-九月十三夜-あたりにかけての上弦の月が相応しい。「宵寝」とも釣合うだろう。

芭蕉自ら亭主-脇-となり、京撰者二人をもてなした「猿蓑」の三歌仙は、「市中の巻」-凡兆・芭蕉・去来-を除いて各一名を加えている。張行の変化をもとめるためには違いないが、その一つは去来には芭蕉、凡兆には史邦を介添として老若のペアを競い-鳶の羽の巻-、いま一つは、新風興行の相伴を求めるなら此人を措いて他にはない、と肯かせる珍客を迎えて第三に据えている。秋発句で始まる歌仙では、初折の表の月を第三に執成した例が多く、その常套的手法を利用すれば、遠来の客に対するもてなしになる。そこまでは誰でも思付くことだが、当日の会は四吟である。月の初座はもともと芭蕉に当っていた。意はかさねてそこに生れるだろう。

去る6年前-貞享元年冬-、「野ざらし」の風狂人を尾張に迎えて「五歌仙」の旗を揚げさせた勧進元は野水だった。「灰汁桶」にはいずれ、彼の日の思出に因んだ両人のたのしい応酬がみられる筈だ、と覚らせる第三の句ぶりで、片やさりげなく月の座を譲って謝辞に替えれば、片や茶人ならではの会釈の工夫を以て、そつのない祝を陳べるものだ、と。

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