みあかしゆらぐなむあみだぶつ

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月9日の稿に
12月9日、雨后曇、双之介居滞在-本郷上町今村氏方-

よい一日だつた、勧められるままに滞在した、酒を飲んでものを考へて、さいどうしようもないが、どうしようもないままでよかつた、日記をつけたり、近所のお寺へまゐつたりした、‥そして田園情調を味はつた、殊に双之介さんが帰つて、床を並べて、しんみり話し合つてゐるところへ、家の人から御馳走になつた焼握飯はおいしかつた。

双之介さんと対座してゐると、人間といふものがなつかしうなる、それほど人間的温情の持主だ、同宿の田中さん-双之介さんと同業の友達-もいい人物だつた、若さが悩む悶えを聞いた。

※表題句の外、1句を記す

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―世間虚仮― トンネルを抜けると‥

信楽町郊外の山中にあるMIHO MUSEUMに出かけた。昨年、北陸地方の旧家から発見されたという伊藤若冲の「象と鯨図屏風」が初公開されているのに誘われてのことだ。

ルーブル美術館のガラスピラミッドの設計で知られる建築家イオ・ミン・ペイ-Ieoh Ming Pei-が設計したというMIHO MUSEUMは、人里離れた山中という環境とも相俟って、異相の美術館というに相応しい。

入場受付のエントランス-レセプション棟-から500mほど離れた展示館へと行くのに、電気自動車に乗って山峡を跨ぐようにトンネルと吊り橋を通るといった趣向に、先ず驚かされる。Shangri-La-桃源郷-へと誘う道といったイメージらしいが、良くも悪くも人を喰ったような趣向である。

山頂に聳え立つ、コンクリートとガラスと鉄骨で造られた展示館-美術棟-も、また豪壮というか、最大限に採り入れられた自然光が、館内の広いアプローチを快適な空間にしている。

受付の係員たちや何台もピストン往復する電気自動車の乗務員たち、あるいは広い駐車場の係員たちなど、応接サービスに従事する者の多いのにも驚かされたものだが、総工費に約300億をもかけたという金に糸目をつけぬ豪勢さに加え、桃源郷なる趣味嗜好といった、この異相の美術館- MIHO MUSEUMが、宗教団体神慈秀明会によって建てられたものだと知るに及んで、いっさいが腑に落ちたものである。

肝心の「若冲ワンターランド」と標榜した展示のほうは、件の「象と鯨図屏風」以外にはモザイク屏風として知られる「鳥獣花木図屏風」くらいが必見の価値ありで、ワンターランドというには些かもの寂しい。

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