寒い寒い千人むすびをむすぶ

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−表象の森− 書の近代の可能性・明治前後-11-
石川九楊編「書の宇宙-24」より

中村不折「龍眠帖」
中村不折-1866〜1943-の龍眠帖。明治41年河東碧梧桐が発行人として出版した、蘇軾の弟・蘇轍の詩を書いた手本。発売と同時に、その斬新さは大評判となり、版を重ねた作であるが、同時に激しい批判にもさらされた。
中村不折は、北魏以前の六朝期の中岳霊廟碑などをモデルに、この作品を作り上げた。日下部鳴鶴巌谷一六からすれば稚拙としか思えないこれらの書に目にとめたのは、彼が西洋近代的な絵画的構成に対する眼を備えていたからである。中国古代の書の模倣的再現ではなく、書の近代的再生を試みたものであった。

2419

/李公麟山荘園九首蘇轍
/龍眠淥浄中。/微吟作雲雨。/幽人建徳居。

・ 々 「李白贈鄭溧陽詩」
中国から舶載される、従来見たこともない書の姿。美に敏感な中林梧竹河東碧梧桐は、それらに感動し、ただちに自らの書の表現に取り入れる。
中村不折は大まかに言って、東晋の爨宝子碑と北魏初期の中岳霊廟碑を学んだ時代と、前秦の広武将軍碑を学んだ時代に分けられる。本作は、隷書的表現を多分に残す広武将軍碑を学んだ時期以降の作である。
隷書と楷書の入り交じった、何とも楽しく、それでいて見事なまとまりをもった佳作。字画の肥痩が筆蝕上の強弱にとどまらず絵画的・構成的な肥痩と化して、不思議な味わいを醸している。

2420

/陶令日〃酔。不知五柳春、/素琴本無絃。漉酒用葛巾。
/清風北窗下。自謂羲皇人。/何時到栗里。一見平生親。
/李太白贈鄭溧陽詩。不折書。


―山頭火の一句― 行乞記再び -63-
3月1日

三月更正、新しい第一歩を踏みだした。
午前は冬、午後は春、シケもどうやらおさまつたらしい、行程2里、高町、秀津、山口、等、等とよく
行乞した、おかげで理髪して三杯いただいた。

同宿6人、同室は猿まはし、おもしろいね。
此宿は山口屋、25、中、可もなし、不可もなし。

物にこだはるなかれ、無所得、無所有、飲まないで酔ふやうになれ。

※表題句の外、句作なし

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Photo/長崎本線から佐世保線が分岐する交通の要衝である肥前山口駅の風景

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Photo/肥前山口駅近くの小高い山裾にある龍澤寺

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