中にもせいの高き山伏

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―表象の森― 余白の芸術

李禹煥−1970年代、有機的な組替えやズラしによって、外の空気を浸透させ他を受け入れる作品を精力的につくり、あるがままをアルガママにする仕事をした「モノ派」、その運動の柱として活躍した李禹煥
その著「余白の芸術」を読む。

「カンバスの上に一つの点を打つと、
辺りの空間が動き出す、
一筆のストローク、一個の石、一枚の鉄板は、
外との対応において力に漲る生きものとなり、
物や空間が呼応しあって、
鮮やかに響きわたる余白が生まれる」

「点から始まり点に帰る。
点の離合集散が森羅万象の様相であり、その繰り返しが宇宙の無限を示す。
絵画における無限概念を表す一つの方法は、絵画を反復させることである。生まれては消え消えては生まれる生命現象のような反復性は、一瞬一瞬を一回性として非連続に連ねなくてはならない。一筆一画が独立していながら連結されていく有機的な仕組は、画面を緊張感に充ちたものにしてくれる。
私は80年代初めまでは、無限概念の展開図として絶えず反復的な絵画を制作してきた。それがいつの間にか地が露わになると共にフィールドこそが無限を表出するものであることに気づく。限定された一筆一画は、次第に私から解放されふかぶかとこの空間を呼吸しつつもっと大きな生命感を得たように思う。
つまり無限は、私のアイデアとか一般概念ではなく、まさに概念の外、場の無限定性として表れるようになるのである。」

「私は、存在感で人を圧倒する作品は好きではない。
だからといって理念や論理を押しつけてくる作品も嫌いだ。
いずれにせよ作者の全存在全人生のような
オールオーバーな作品は、文化の衣を借りたファシズムだ。
私は絵画にせよ彫刻にせよ、
表現の場において手を触れない部分を積極的に認め、
出来るだけ自己の表現を限定したい。
私の限られた考えと行為がきっかけとなり場が息づき広がって、
無限を呼吸する絵画的な彫刻的な空間性を
開示するものであってほしいと思う。
しょせん作品は、現実そのものではないし、
観念の塊であるわけではない。
それは現実と観念の間にあって、両方から浸透され、
また両方に影響をおよぼす媒介的な中間項なのだ。
この中間項的な要素こそは、
作者を越え日常離れした作品領域なのである。」

「見ることには幾つかの段階がある。
対象の言葉を見る。
対象を見る。
対象を無としてみる。
第一段階は言語論的であり、
第二段階は実存論的であり、
第三段階は場所論的である。
美術にふさわしいのは場所論的な見方である。」

「エネルギーに充ちた点を打つこと。それは私の絶え間ない筆力の訓練に依る。しかし点がもっと大きな生命力をもつためには、私以外の多くのものの存在やその働きを学び、自らを開いてそれらの力を含ませることである。
たった一つの点が生まれるためには、さしあたってカンバスと絵具と筆と手の力と頭の力と空気が要る。それだけではない。仕事場や食事や病気や排泄や犬の啼声や雷や友人や死者や石や樹や酒…が要る。そもそも描くことへの懐疑や反省が伴う。
これだけのものが滲み込み練られて出来る初めの一点は、それに対応する次の点を呼び、そしてさらに別の点を呼んで、血の通う絵画になってゆく。絵画が客体として、生きるか死ぬか、良いか悪いかは、私を越え出る構造的な関係として点が生き生きと機能する空間になるか否かに関わっていよう。
それにしても、さまざまな点の打ち方やその位置方向をめぐって、どんなに論理を磨いたとて、それが定まる場が絶えず変化にさらされる外部性を含んだ世界であることを知るほどに、なにものかの予感を待つような気持ちでいつも制作に挑まなくてはならぬことのなんと辛いことだろう。」

「八大山人−
何千年かの中国絵画史のなかでも、山人ほどの高い志、生気あふれる画境を見せた画家は少ない。
筆や墨を彼ほど惜しんだ画家も珍しい。
一筆一画に画家のすべてが凝縮される。単純に描くために筆や墨を惜しんでいるのではなく、画面をより本質的に気高いものにするために凝縮へと向かう力こそが、必然的に単純化を招いている。
一筆一画が精神という血で滲んだように鮮やかで、画面に張りつめた空気が漂うのはまさしくそのためである。
どこにもおのれの現在性を認めることの出来ない不在感に震えつつ、はるか不動のものを追い、それを凝視してやまぬ画家なる精神。この引裂かれんばかりの疎外感と矛盾律こそが、それゆえ異様なほどに激しく絵という不可思議な宇宙に救いを求め続けさせたのかも知れない。
絵とは、まさしく彼岸と現実をつなぐ大いなる橋、か。」


<連句の世界−安東次男「風狂始末−芭蕉連句評釈」より>

「花見の巻」−10

  入込に諏訪の湧湯の夕ま暮  

   中にもせいの高き山伏  翁

次男曰く、「三冊子-赤-」に、「前句にはまりて付たる句也。其中の事を目に立ていひたる句也」と評するが、それは付合の技法のことであった、「はまり」「其中の事を目に立」てさえすれば言葉の興になるというものでもない。

「入込」と云うから「中にも」と分け、「湧湯」と沈んでみせるから「背高」とそびえ、その身分の名も「山に伏す」ならどうだ、と掛合っている。意味は同じでも「修験者」「野伏-のぶせり-」では俳にならぬ。「入込」から「中にも」を取出したのがとりわけうまい、と。

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